第7話 顔合わせ

「今日はツイてたな!」


 俺は珍しいことに残業を回避して、5時少し過ぎたころには職場を後にしていた。帰りの準備を爆速で終わらせたため、荷物検査も待たずに終わり駆け足で駅に向かう。同僚はそのいつも通りの日常に、特に口も挟まず見送ってくれた。

 駅のホームに着くとすぐさま電車が着て、またもやギュウギュウ詰めの電車に我慢して乗り込む。しかし、ここからが俺の本当の一日の始まりである。そう意識し始める途端に心臓の鼓動が強くなった。

 これは、仕事の疲れと小走りをしたからだと思い込みながら、最寄り駅について再びダッシュする。駅構内のコンビニに立ち寄りコーヒーとパン、ゼリー飲料を買い家に向かう。道中でゼリー飲料を飲み干し、信号待ちでパンを食べる。家に着き口の中の異物感を水で流し込めば、食事は終了。

 汗を流すためにさっとシャワーを浴びてパソコンの前に座る。


「よし」


 起動を待ちVCグループに入る。

 既に選手3人とオーナーは集合しているようだ。一応グループに招待された時点で、取り敢えずのお試し1ヶ月コーチ就任の挨拶はしておいたが、その返事は1人しか返っては来なかった。皆学校だろうし学生も忙しいのだろうと思い、あまり意識はしていなかったが十中八九歓迎はされていないようだ。

 少女たちもコーチを欲しがってはいたものの、こんなにも無名プレイヤーが来たことに納得がいっていないのであろう。


「お疲れ様です。遅くなりました」


 俺は先程の会社を出るときに、雑にすれ違う人に挨拶をしていた言葉を、今度は恐る恐る丁寧に口にする。


「おお! ハク君待っていたよ! 今日は仕事だったんだよね! お疲れ様!」


 すると、初めて話した時と同様のテンションの高さで俺を迎い入れてくれた。実際の所初対面の人が多い場所でこうやって迎い入れてくれるのは、正直助かる。これを狙ってやっているのか、素でやっているのかは分からないが温かみを感じる人柄であることは間違いない。

 それにしてもオーナーもさっきまで仕事していたんじゃないのか?


「あんたがオーナーが連れてきたコーチ?」


「こら、トモちゃんそんな口のきき方しちゃだめでしょ?」


「自分はコーチがいて勝てるようになるならなんでもいい」


「あ、ハハハ」


 俺がこれから一緒に歩んでいかないといけない、チームメンバーが次々と喋りだす。そのおかげもあり、少女たちの俺への第一印象がすぐにわかった。案の定……良くはないようだ。


「皆紹介しよう彼が、前々から言ってたハク君だ! この間まで選手として最前線で戦ってきた一流だぞ」


「え? いやぁ。あの……」


 前々からから言っていたのも驚きだが、それ以上に嘘はいっていないが実績を誇張しすぎているような。前線で戦ってはいたものの、戦っていただけだからな。

 それに彼女達だって素人じゃないんだから、それが嘘かどうかは分かるだろうに。


「だけど、成績は一切残していないただの無名っと」


「こらっ!」


 さっきから一番最初に噛みついてきている、元気のいい少女のことは実は前々から知っていた。そのため、このような対応を取られることも想像できていたので特にダメージは無い。


「みんなとりえず自己紹介からしようか」


 オーナーが手をパンッと一回叩いてから、そう提案してきた。普通の生活をしている人からすれば、顔も見えない声だけのネット越しでの自己紹介というとなんだか不思議な感覚を覚えるかもしれないが、この世界では一般的なものだ。むしろ、お互いの顔を知らないなんてざらである。


「じゃあ、僕から。初めましてこの度コーチを務めさせていただくことになりました。ハクです。一応つい最近まで選手として活動していました。そちらのお嬢さんが言うように、大した成績を残してはいないのですが」


「キッモ」


「トモちゃん!!!」


 冗談のつもりで言ったのだがどうやらお気に召さなかったようだ。

 これで、俺の挨拶は終わったのだが続く気配がなく、しばらく沈黙が流れる。俺が今までチヤホヤされながらEsports選手をやっていたら、今のこんな雰囲気はとても耐えられていなかったと思う。しかし、これまで磨き上げてきた鋼のメンタルの前ではなんともなかった。これが、実力もないのに意地だけで「好き」にしがみつづけてきた人間の強さだ。


「あ……。じゃあ私から。伊藤斎藤と言います。3人の仲だと一番年上で大学通いながらこの活動しています。多分一番暇していると思うので何かあったら私に連絡してくれれば、返信は早いと思います」


「ひまちゃん。気を付けてねナンパされないように」


 チャットで挨拶したときに、返信をくれたのがこの子のようだ。俺のことを心配してくれているようで、心優しい人のようだ。

 そして、俺はチャットでナンパなどしない。でも、女子グループの中に男が1人入り込もうとしているのだから、そういう目で見られるのは仕方がないことだろう。接し方には細心の注意が必要だな。


「じゃあ、次は自分で。ISAMIです。この中で一番FPS歴は短いし多分一番弱いです。自分をトモとひまちゃんの足を引っ張らないように強くできますか?」


「……。」


「あ、じゃあいいです」


 2人目の子は何事ににもキッパリとしたい子のようだ。

 そして、そんな子の願いに即答できなかった。俺の自信の無さはすでに3人には知られてしまっただろう。一番毅然とした態度で挑まなければいけないはずなのにも関わらず、初対面にも関わらず不安な思いをさせてしまった。

 改めて、コーチと選手との心構えの違いを考えなければならない。

 もっとしっかりしなければ。


「最後、トモちゃんの番だよ」


 そう、催促するのが一番初めに挨拶をした伊藤斎藤という子であった。様々なハンドルネームがあるものの名字を二つ並べている人はあまり見たことが無い。


「トモです」


 大きくため息をつきながら、悪態少女が自己紹介をしてくれた。自己紹介というよりは名乗っただけであるが、これが彼女の精いっぱいなのであろう。


「よし! じゃあこれで顔合わせも終わったということで、これからは4人で頑張ってくれたまえ。相談に乗るので遠慮なく連絡してくれ」


「ハーイ、オーナーもっといいコーチはいませんかぁ?」


 ゲーミングチェアに体育座りした状態で、元気よく片手をあげて主張している様子が目に浮かぶ。


「トモ君。一緒にやってみて彼の実力を色眼鏡なしで見極めてからでも、遅くは無いんじゃないかい?」


「私は一刻も早く結果が欲しいです」


 ISAMIの話しぶりに、なにか急いでいるような感じはしたがトモも同じのようだ。やっているからには勝ちたいという理由は十分に理解ができるがそれだけでは無いような気もする。

 だからコーチを探していたというのもあるのだろうが。


「そのためにも、まずは一個一個やるべきことを見つめてほしい。まあ、なにごとも試してみてから検討するので遅くはない」


 オーナーは「それじゃあ」と言って通話を抜けていった。

 ずいぶんとこのわんぱく少女の扱いに慣れているようだ。そして、トモもオーナーのことを信頼しているように見える。まずは、それを見習って信頼関係の構築から始めなければならないな。














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