第6話 当日の朝は

「ふぁぁぁ」


 俺は大きなあくびをしながら、会社に行くために満員電車に揺られている。押しつぶされるような圧迫感でも、拭いきれないほどの眠気であった。これで今日の仕事が勤まるのか、不安になるレベルではあるものの俺の頭の中は意外にもスッキリしている。

 いや、眠気に押し勝てるくらい頭の中は昨夜のゲームのことを締めている。

 あれほど、良く作りこまれていた面白いと感じられるゲームが出ることに、未来への明るさを感じる。一般層に面白いゲームを作るのと、競技を面白くするために作られるゲームの共存は難しい。ただあのゲームは、Esportsをより発展するために必要な、観戦をより楽しんでもらうために必要な様子を数多くそろえている。


「あれは、公式大会が開催されたら盛り上がるだろうな」


 俺はつい自分の中でこみあげる想いが熱くなりすぎてしまい思ったことが口に出てしまった。しかし、朝の通勤電車など皆他人に興味などなく、大声で叫んだりしなければ注目を集めるようなことは無い。

 俺はポッケから昨日ゲームをしながらとったメモを見る。あのゲームで勝つために意識づける必要があるもの。

 ・スキルのタイミング

 ・三人のフォーメーション(立ち位置)

 ・意思疎通を弊害なくこなせるか

 ・フォーカス


 序盤に書いてあるだけで分かるが、このゲームはエイムももちろん必要だが、なによりも3人の息を合わせることに趣を置くことが重要だ。勝敗を分けるのが、エリア制圧という点もありキルを取れれば勝てるという簡単な話ではない。押し引きや、ディフェンスも考えなくてはならない。


「これは、俺が呼ばれた理由が分かるような気がする」


 なにもないはずの俺の底から自信が芽生えてきた。

 そういえば、プロの世界に挑んだ時もこの間まで出てたシーズンも全て自信に満ち溢れていた。いや、自信というよりはワクワクに近いだろうか? 

 これからは自分でプレーするわけではない分、責任は倍増する。俺がしっかりしなけばチームを勝たせることができない。昨日までは一切感じていなかった責任を今は痛いほど感じている。


「うっ!」


 そんなことを考えていると、到着駅に着いた。人の流れに押されて自然と電車を降りてしまったが、もし降りる駅を間違えていたら大変なことになっていた。なにしろ、満員電車に後から乗るほど苦しいことは無いからだ。

 俺は、大きく息を吸い込みそれをゆっくりと吐き出す。熱さが徐々に引いていき、空気の乾燥から秋を感じ始める。それでも、電車の中は汗をかくほど蒸し暑くなっている。過去に一度寝ずにゲームをやってそのまま出勤したとき、電車の中で体調が悪くなりトイレに駆け込んだことがある。

 そんな思いをしてまでゲームを続えける意味も、仕事を続ける意味も分からなくなってしまった時があるが、それでもなんだかんだここまで来てしまった。残念ながら惰性で何かを続ける才能を俺は持ち合わせていたようだ。

 本当に重要な決断をする時は、いつも即決できた。初めてパソコンを買ったときも、プロをやるときも、働きながらプロを続けることを決めた時も。

 だけど、なんだかんだ働いているのは、ゲーム一本でやりたいと言いながらもその自信と度胸がないのだ。

 この生活がしんどいことは分かっているが、どちらかを辞めた瞬間から目の前が真っ暗になる。それだったら満身創痍でふらふらになりながらも、前に進むことを選んでしまう。

 ただ、そんなことをやっているうちは大成を収めることなど出来ないことも分かっている。


「どんな子たちかな」


 駅を出て会社へ向かう道中に、これから同じ道を歩む少女達のことを思い浮かべる。なかなかに個性が強そうな子たちだったりし、なによりも想像以上に若いことに驚いた。

 詳しい年齢は分からないが、おそらく全員学生だろう。そんな子たちがゲームに本気になってくれている事が一人のゲーム好きとしてなによりも嬉しい。


「日本のesportsの未来は明るいな」


 しかし、心配事もある。

 1番は彼女らに拒絶されないかだ。いきなり来た訳のわからん男に横から指示されたら誰だって嫌がるだろう。ましてや、年頃の女の子ならなおさらのこと。嫌われてしまわないように気をつけなければ。


「おはようございます」


 そんなことを考えている間に、会社についてしまった。今日もこれから10時間近く拘束されなければならないことが憂鬱で仕方がない。そうは言うものの、結構好き勝手にやらせてもらっている。小さいながら家電量販店の内勤勤務の俺はプロゲーマーであることは隠しながらも、デバイスなどの知識を活かして、他店に勝る幅広いPC機器を取り揃えている。ネット通販が主流ではあるものの、一度実物を触りたい人が結構訪れるため盛況ではある。

 就活の時になんとなく受けて受かったからここに来たが、趣味がこういった形で役立つとは思わなかった。俺自身もかなりのデバイスオタクのため、気になったものをひたすら発注しては触っているため公私混同ではある。

 基本的には事務業務全般を担当しているが、時々人が足りない時やPC関連の専門知識を必要とされるときは、売り場に出て接客もしている。


「今日も一日頑張りますか」


 昼休憩中に爆睡をかまして、食事は帰りながら食べて家に着いたら即顔合わせというハードスゲジュールをこなさなければならない、俺は自分の頬を二回ほど叩き気合を入れる。

















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