第3話 オーナーとの出会いは別ゲーで
朝目が覚める。
今日は休日最終日で普通の社会人であるならば、貴重な休日を無駄にしまいと朝からきちんと起きて、買い物に出かけたりカフェで優雅に朝食をとったりと各々の心の栄養を摂取するのに全力をささげているのだろう。
一方でプロゲーマーをクビになり、ただの廃人ゲーマーに成り下がった俺はというと、すぐさまベットから飛び起きて急ぎ足でシャワーに向かう。寝起きの急激な運動は体に悪いというのは、どうやら本当のことのようで今俺の心臓は頭の血管の作りが細部まで分かるほどにポンプを繰り返している。
服を脱ぎ洗濯機に放り投げ、浴室に入るとすぐさま温かいお湯が出るシャワーを頭から浴びる。その心地よさで再び眠気を誘われるが、上を向き顔に直接あてることで抗おうとする。
「あれ? 昨日って入ったっけ?」
昨日、一昨日の記憶が定かではないのは、いつも通りのことである。普段から変わった生活はしていないのだから多用の変化くらいは気にもならないのだ。
しかし、今日は違う。
日曜日にも関わらず、とびっきりの重要任務がこのあと俺を待っているのだ。そうそれが、面接とも比喩できるであろうNeo Frontierのオーナーさんとの通話だ。
あちらは、日曜日と言うにも関わらず俺が社会人で平日の日中は通話ができないと連絡をしたら、昨日の今日と言うことに決まってしまったのだ。
「やっぱり、自分で会社を経営する人っていうのは行動力が違うな」
俺はというとゲーム以外のことは、からきしダメなタイプであった。だからこそ、そういった人は純粋に尊敬できる。
全身をくまなく洗い出てくるころには、完全に戦闘前の顔つきに変わっていた。
「よしっ!」
今の俺は、まるで大会前かのような錯覚を起こすほどには気合が入っている。それもそのはずで、こらからの俺の人生がかかっているといっても過言ではない。ここでもし、ダメだなら今までやってきたことが全て無駄になる。
本当は、ゲームが好きと言う感情よりもそっちの方を認める方が怖いのではないかと思う。
「後は良いチームであることを願うだけだな」
水を片手に、パソコンの前に座る。
そろそろ、約束の時刻である。
俺は、緊張で震える手を無視してチャットルームに入る。すると、そこには俺に目をかけてくれた人がすでに待機していた。
「やっべぇ!」
これを、勝手に面接のようなものだと思い込んでいる俺は、試験監を待たせてしまっていることに焦りを感じて慌てて通話への入室ボタンを押す。
「あ、初めまして」
「お! 来たね。待っていたよ!」
俺が恐る恐る距離感を図りながら、入るとそこにはなんともはっきりとした発音で話しかけてくる、イケオジがいた。
いや、顔は見えないけれども……。
「まずは、お声かけいただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします」
俺は前もって考えていたセリフをそのまま口にする。なんとも大根役者ではあるものの一人の大人としてみっともない真似はできない。
「そんなに、固くならなくていいよ。もっとフランクにいこうよ。じゃないと話せるものも話せないし、聞きたいことも聞けないでしょ?」
「そ、そうですか。それではお言葉に甘えます」
相手には見えないものの俺は軽くお辞儀をしていた。
透けて見える対話相手はきっと背筋が伸びていて姿勢の正しい人物なのだろう。と声から推測していた。
「うんうん、君の返事次第では、これからビジネスパートナーになるのだからフェアにいこう」
「分かりました。それでは、まず何から……」
俺は自分が頭が真っ白になっていることにようやく気が付く。色々と聞きたいことがあったはずなのに、今は会話を自発的に続けることすらままならなくなっている。
「じゃあ、まず私から話をさせてもらう。なんたって声をかけたのは私の方なのだからね」
ヘッドフォン越しに豪快な笑い声まで聞こえてきそうなるくらいには、豪快であり堂々としているようすだ。一番ゲームとはかけ離れた人種のようにも感じられるがどうなのだろうか。
まだまだ、未発展なレッドオーシャンだと思いう、まったく信念も執念もない人間が入り込んできたのかと、ついつい疑ってしまう。
「単刀直入に言おう。ずばり君には私が持つ女子チームのコーチを務めてもらいたい!」
「……は? え? コーチ?」
一瞬耳に入ってきた言葉が、それを示す物とが結びつかなかった。コーチってあのコーチか? 近年の結果を出しているEsportsチームには必ずと言っていいほどコーチとアナリストが付いている。下手をすれば優秀な選手よりも、優秀なコーチを欲するチームも少なくはない。
「あの、選手ではなく?」
「うん。そうだね」
「頼む相手を間違っていたりとかは?」
「いやいや、こちらからお願いをしておいてそれは無いよ」
選手が第一希望ではあるものの、なんでもやりますとは書いていた。しかし、選手としての実績もないにも関わらず、まさかやったこともないコーチの誘いが来るとは思わなかった。
「僕やったことないですよコーチなんて」
「分かっている。僕は昔から君のことを知っているからね」
「え?」
思いもしない返事が戻ってきた。なによりもそのことが一番の驚きであった。数いるプロゲーマーの中でどうやって俺を見つけ出したのだろうか。
「いつか君がうちのチームに来てくれたらなってずっと思っていたんだよ。だから君のLFTをみてすぐさま連絡を取ったというわけだ」
こんなセリフを貰えるなんて想像もしていなかった。そして、これ以上に嬉しい言葉はない。他の誰でもなく、俺が欲しいと言ってくれるのならば、例えそれが嘘であってもこのチームの力になりたいと思ってしまうだろう。
「あの、差し支えなければどこで僕のことを……?」
ここですっとでてくればそれは紛れもない真実だろう。しかし、言葉が詰まるようであれば。なんだか、試すようなことをして申し訳ないがこれだけは聞かないといけない。
今のところこのチームNeo Frontierのことを胡散臭いとしか思えないからだ。これならばよっぽど、「費用をかけずにプロチームを持ちたいから安い給料で働いてくれる選手が欲しい」と言われた方が信用はできた。
「僕もゲームが趣味でね。実君とゲーム内で対戦したことがあるんだ」
「え?」
「フォージでね。その時の君の奇抜な作戦作りや戦略なんかを見て、感動したんだ。ゲームの世界でも環境があるからね」
いわゆるメタと呼ばれている。勝つことを最優先されるプロでは、ほぼ全チームが同じ構成と言うことも珍しくはない。でも、それは勝つために一番可能性が高いものを選んでいるのだから仕方がないことだと思っていた。
実際選手の時も試したいことはあっても俺の意見が採用されることは無かった。
「君の友人の一人が配信をしていたからボコボコにされた後にすぐに見に行ったよ。残念ながら音声はのっていなかったから映像しか見ることができなかったが、それでも十分に君たちの戦いは見ていて面白かった」
「あ……ああ~」
俺は、だいたい予想がついた。タケルと一緒にやっているときのことだ。あいつは自分のプレーを見直すためだけに、無音で配信をしてそれを見直すということをよくやっていた。
プロでもないのに、強くなるためによくそこまでするなと思っていたが、まさかそれを見られていただなんて。
「それから僕は君のファンになってしまったんだよ。ビジネスの世界でも常識にとらわれてばかりじゃ、壁を打ち破れないからね。そういった能力は貴重なんだよ」
「それは、そのありがとうございます」
ただ息抜きで友人と遊んでいたの所をここまでほめてもらえるだなんて。
「だけど、実際の君は周りからの抑圧でそれを一切活かせていないことに残念でならなかったんだよ。それで」
「な、なるほど。だいたい分かりました。だけど、なんでコーチなんですか?」
「君の能力を最大限生かせるのはそれが適任だと思ったんだ。君がコーチについてくれればうちのチームは日本一を目指せると思っている」
たしかに、俺のプレイ技術はプロに通用するものでないことは俺が一番よく分かっている。だけど、そんな俺を見出してくれるのであれば、これほど嬉しいことは無い。
「どうかな?」
「はい、もう少し詳しくお話を聞かせて頂きたいのですが、今回の話を受けさせていただきたいと思います!」
画面の向こう側でイケオジが微笑んでいるのが想像できる。
改めて俺のプロゲーマー(コーチ?)人生が始まる。
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