第2話 再起を誓う
「おっ。もうこんな時間か」
マッチ終わりのリザルト画面で彼がそんなことを言い出す。机に置いてあったスマホを見ると時刻は夜の10時を指していた。
「あれもうそんな経っていた?」
たしか、昼過ぎに起きて少し経ってから始めたから8時間以上は一緒にゲームをしていたことになる。その間なにも食べずにいたため、急に空腹感に襲われ始めた。
「う~ん! 今日はこの辺にしておきますか」
彼が大きく伸びをしたのが通話越しで分かる。普段長時間ゲームをすることに慣れている俺はともかく、普通の一般人はそうはできないのが普通である。
「そうだな。いや、久々に楽しかったよ。ありがと」
「いえいえ、こちらこそプロゲーマー様にキャリーしてもらって光栄でした。またお願いします」
「なに言ってんだよ。なんなら俺よりも活躍していただろ!?」
実際に彼はプロとして活動できるだけの実力を持っている。だけど、どうやらその気はないようだ。もったいないと思う反面それが正しい判断だととも思う。本気で勝利を目指してやるには、あまりにも釣り合わない世界だからだ。
だから、楽しんでゲームをやるくらいでちょうどいいのだ。人生なんて賭けたって無駄な世界だから。
「いやいや、ご謙遜を」
「まあ、また連絡してくれ暇していると思うから」
「おけじゃあまたね」
そういって、通話を抜ける。ゲームを落として大きく一息つく。
「いやー楽しかったな」
気の置けない友人とする、なにも気にもしなくていいゲームほど楽しいものは無い。本来はこうあるべきにも関わらず、夢を見てしまったため棘の道を歩いてきた。
「腹減ったな」
俺は立ち上がり、半分ほどしか開かない冷蔵庫を開け中からヨーグルトと水を取りキッチンに置いてあるカロリーメイトを持ってもう一度机に戻る。土日は基本的にこれだけを摂取して過ごしている。起きている時間のほとんどを机に向かっているため、食事には時間を割けられないからだ。
「そっか。もうこんな生活はしなくていいのか」
これからは、仕事からダッシュで帰ってくる必要もないし飯の時間を削る必要もない。料理とかにも挑戦してみてもいいかもな。そんな空いた時間を無理やり埋めることを考える。
プレイ技術がない俺は少しでもチームの役に立つようにと、日々研究の毎日だった。敵チーム、自チームのプレイ映像は穴が空くほど見ていただろう。それが俺の仕事だと思っていたし、純粋に趣味としても成り立っていた。
左手でカロリーメイトを食べながら、右手で動かすマウスはいつもの癖で動画を開いていた。それはつい先日終わったファイナルチャンピオンシップの映像であった。俺達のチームは予選で負けたから出られなかった。
日本一のチームが決まるその瞬間は一Esportsファンとしては手に汗を握る場面である。それと同時に、一競技者としてはそれを眺めているだけという情けなさに押しつぶされそうになる。
「やっぱ上手いな~。ここのチームは誰ひとり配信してないからどんなVCしているか分からないけど、きっと凄いんだろうな」
優勝チームの三人は、まるで一人の人間が三つに分離しているかのように行動一つ一つの息がピッタリ合っている。これを本番の決勝の舞台でやりこなすのに、どれほどのチーム練習をしてきたのだろうか。プレイの一つ一つを見るだけで、練習量や熱意が透けて見える。
これだけのことをやってのけて、初めて日本一になれるのだ。
「俺たちはどれほどのことをやってたっけかな?」
恐らく彼らの足元にも及ばないであろう。
「……え。」
俺は水をこぼしたわけでもないのに自身の顔に水が滴っていることに気が付く。それと同時に出てくる嗚咽で自分が泣いていることが分かった。ただでさへパサパサな口の中でカロリーメイトの粉が喉にくっ付き大きく咳をする。
慌てて水で流し込むが、気持ち悪さは増す一方だ。
「なんでだよ……なんでだよ……」
机に額をつけ小さく疼きもがく。垂れる涙はカーペットに落ちる。俺は自分が壊れてしまったのではないかと心配になる。むしろそうであってほしいと強く願うほどだ。そうでなければ、自身の心のバランスが保てなくなる。
「なんでこんなに悔しいんだよ! なんでこんなに嫌な気持ちになるんだよ!」
その場で出せるだけの目いっぱいの声を上げる。
大会が終わり、ようやく苦しかった生活に一区切りつきホッとしていた。その後、すぐにクビを告げられ、自分の競技者人生がここで終わったことを察する。それでも、結果を踏まえれば仕方がないことだと自分に言い聞かせていた。
でも。
「まだ、あきらめたくないんだよな。まだ頑張りたいんだよな」
俺が夢見て恋をしたゲームの世界はそんな簡単に諦められるものではなかった。全力を尽くしたからこそ、満足がいくのではなかった。
全力を尽くせばいいものではなく、結果が出ればいいのではない。
負けたことは悔しいが、チームをクビにされたくらいで、全てをあきらめかけた自分が一番情けなかった。
「まだやれることはあるはずだ。どこも拾ってくれなければ、自分でメンバーを探してフリー枠で出ればいい。年齢的にも厳しいかもしれなけど、まだまだ諦めるまではあきらめない!」
涙で顔がぐしゃぐしゃで嗚咽紛れではあるものの、再び前を向く決意ができた。
気が緩んだ瞬間に土砂崩れのように色んな感情が流れ込んできた。だけど、目指すもの、憧れるものだけはずっと見失わずに捉え続けていた。
「ここからまた始めるぞ!」
とりあえず、もう一度きちんと考えてLFTを出そうと決意する。洗面台に行き顔を洗い力いっぱい顔を拭く。
机に戻りスマホを手に取り文章を考えようとメモアプリを立ち上げようとすると見慣れないところに「1」という数字が目に入る。
「え?」
まさかそんなはずはない。
一瞬のぬか喜びで落胆したくない。そんな言葉が頭の中を通り過ぎる。俺が俺自身を何よりも評価していないことがよくわかる。
「俺のSNSのアカウントなんて大したフォロワー人数いないし、拡散なんて一切されていないのに」
誰かからチーム脱退に関する連絡は来ていない。俺がみじめにも縋り付こうとしている業界にとって俺はこれほどまで視界に入れてもらえないとは思ってもいなかった。
しかし、それは俺が一番に望んでいたものであり、一番否定していたものだった。
・初めまして。私Neo Frontierのオーナをしています笹崎と申します。
「うぉぉぉい! まじかよ!」
チームからの誘いであった。全身で喜びを表すということは、こういうことを言うのだろう。まさに読んで字のごとくだった。驚きのあまり思わず持っていたスマホを空中に投げ捨ててしまい、それを慌ててキャッチした。
「でも、なんで俺なんかにオファーが来たんだ???」
誰よりも望んでいたこの状況を誰よりも俺が信じられていない。
その文章が本当に送られてきているものなのか。想いのあまり見えている幻覚ではないのか。いたずらではないのか。
一文字一文字噛みしめながら文章を読む。
・この度HAKU選手のLFTを見てご連絡差し上げました。ぜひとも私のチームに加入していただき、そのお力を存分に発揮していただけたらと思っています。つきましては、文章ではなく通話で詳しい内容をお伝えできたらと思いますので、少しでも興味がありましたら、下記のリンクからメご連絡していただけると幸いです。
「……夢じゃない」
その文章は紛れもなく本物であった。聞いたことがないチームではあるものの、アカウントはきちんとしたものであった。そこから分かるのはごくわずかな情報だけだが、どうやら一般企業がEsports業界に参入してきた全くの新規チームのようだ。
「これはチャンスか? いや、でもな……」
ぬか喜びも束の間で、俺はいったん冷静になってその事実と対面する。未だに未発達な部分が多いEsports業界は若者を騙す詐欺まがいなことをするチームや契約を一切守らない悪徳チームもかなりある。
入る方も運営している方もプロチームという言葉に浮かれてしまい、実態は空っぽと言うことはざらにある。
「これはどっちだ?」
だからと言って新規チームが全てそうだというわけではもちろんない。
ただ、情報が全くないから判断のしようがないのだ。
「まあ、とりあえず話してみるか。話すだけ……ね」
喜びはあるものの、いったんは慎重な対応を取ろうと思う。それは、自分の身を守るためにも。そもそも、話して見なければ良いも悪いも判断できないのだから。
「よし!」
俺は、文章に書かれた通りにリンクから通話を望むことをメッセージとして送った。
「さて、これで連絡を待つか」
俺も何チームか渡り歩いてきたのだから、そう簡単に騙されるということもないだろう。新規チームと言うこともあり、チームに所属経験のある選手を欲しているということもあるだろう。
本当になにがあるか分からない世の中である。
俺は喜びで胸いっぱいになっている状態で、長時間やったゲームの疲れを思い出したかのように、急激な睡魔が襲ってきた。
「今日は寝るか。明日には連絡が来ているだろうし」
パソコンを落とし、そのままベットに潜り込み部屋の電気を落とした。
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