最弱プロゲーマー、プレイスキル0からの躍進
伊豆クラゲ
第1話 クビ宣告
「今日で君との契約は打ち切りだ」
珍しくチームオーナーから、話があると呼び出された時からなんとなく予想はついていた。シーズン終わりのこのタイミングで、なおかつ呼び出されたのが俺だけとなれば否定材料を探すほうが難しいだろう。
「はい。わかりました。今までお世話になりました」
特に俺から何かをいうことはない。いや、何も言う資格などなかった。事実俺がチームの中で一番足を引っ張ていたのだから。むしろここまで一緒に戦ってくれたチームメンバーに感謝の気持ちもある。
ここで俺が、すぐに引くことがお礼の気持ちを伝える何よりの方法だろう。
「今までありがとうね。これからの君の躍進に期待しているよ」
社交辞令むき出しのそんなことを言ってもらった後に、俺ももう一度お礼の言葉を伝えて通話を抜けた。就活の時に何度も言われてきたセリフのような気がするが、それでも直接言われるとなかなか、心にくる言葉であった。
腹の中ではメンバーの一人が俺では無かったら、もう少しまともな成績を残せていたのにな、とか思っていそうだが相手が大人の対応をしてくれているのだから、わざわざ俺がなにかボヤを起こすようなことを言う必要はないであろう。
最後の方は俺だけ振り込まれる給料が少なかったこと、やけに邪険に扱われていたことも全部水に流そう。俺に夢を見せてくれたのは、間違いなくこのチームであり、メンバーでありオーナーであったのだから。
「はぁーあ…。これで憧れのプロゲーマーの称号を剝奪され、ただの引きこもりゲーマーに逆戻りか」
おそらくチームメンバーの二人は、このことを知っているだろうから、後で別れの連絡をしなければな。後日貸与という形をとっていた機材の返還も求められたため、送り返さなければならない。億劫で後回しにしたくなるようなことが多々あるが、まとめてやろう。
そんなことをぼんやりと思う。
こういったときは、おのずと過去の思い出が溢れかえってくるものだと思っていた。しかし、俺の頭の中に浮かぶことはあまりにも少なすぎた。大した結果も残せず好きなゲームに時間を費やしただけの期間だったかもしれない。後にも先にも残ったものは無かった。本来であれば、そんなこと虚無で埋め尽くされていただろう。
だけど、長年の夢であったプロゲーマー生活は人生で一番楽しい時間であったことは間違いない。
「しかし、まあこれで終わりだろうな」
大学入学と同時にゲームの大会に出始めるようになり、すでに5年が経過して、そろそろ24歳を迎えようとしていた。好きなことに夢中になれるだけで幸せだった。ほかに何か得意なことなんてないし、熱中できるようなものもなかった。だから、がむしゃらにゲームだけをやり続ける日々だった。
だけど、こんな俺を迎え入れてくれるチームなんてどこにもない。実績もなく、ある程度成熟しきっている、今のタイトルではあまりにも競技人口が溢れかえっている。競技人口が増えるのはいいことだ。それは競技全体の実力が上がっていく。しかし俺のような弱い人間にはあまり喜ばしいことではない。
そんな中で、一応プロとしてリーグにも参加できたことに満足しなければいけないのだろう。
「まあ、本来であればなかなか経験できないようなことをしていたのだから、それだけでも得だったのかな」
大学を卒業して、プロを辞めるかどうか悩んでいた時もそうだった。当時はゲームをあきらめるなんて選択肢は、初めから俺にはなかったのだ。
しかし、今はどうだろう?
自分の中で整理がついているのだ。
それもそのはず、社会人として仕事をしながらゲームに本気で取り組んでいたのは最初の一年くらいだった。俺が一番下手であったのは間違いないが、俺が一番努力をしていた自信はある。それにも関わらず、結果が出なくてチームメイトとの熱量の差も明らかであれば、こちらだってしんどい思いをして働いた後に、寝不足になるまでゲームなんて出来るはずがなかった。勝てる土台作りすらできていないバランスの悪いチームだった。
チームはこれから俺が抜けたことによる補強を行うであろう。各チーム脱退や加入がおこなわれるこの時期はファンの間でもシーズン同様盛り上がる。強くて有名な選手をどこのチームも欲するため、どこのチームでも争奪戦になるが、その中に俺は含まれていない。
「できればesports業界に居たいんだよな」
今の会社での仕事はまったくもって興味がない。残業も少なく土日休み。仕事を終えた後にゲームをするのに一番適していて、一番最初に内定をもらったからというだけで入った会社だ。
だったら、この社会人経験を生かして、どこかのプロチームの運営などに携われたらどれほど幸運なことだろうか?
「物は試しでやってみるか」
頭の後ろで手を組みゲーミングチェアの背もたれによっかかっていた姿勢をもとに戻しながら、パソコンのノート機能を開く。
おそらく、今日の夕方ごろには所属チームから俺が脱退したことを知ら投稿がSNSにされるだろう
。俺は、LFT(フリーエージェント)を出すことを決意する。
「俺みたいな無名がどこかのチームに拾ってもらえるなんて、思ってないけどな」
もちろん第一志望は選手としてだ。しかし、マネージャーや広報などどんなことでもやりますと書いて、投稿する準備を進めた。
近年発展を見せているEsports業界であれば、人でを欲している所もあるだろう。若い世代が中心なこの業界で社会人を経験していて、選手経験もあるとそれなりの価値もあるはずだ。
そんな少しの可能性に賭けて、自身のセールスポイントを最大限にアピールできる文章を考える。
給料なんてあてにはしていないものの、貰えるならこれほど嬉しいことはない。
「これ一本に絞れたらどれほどうれしいことだろうか」
俺は予約投稿を完了して、パソコンを落とした。
どんなに疲れている日でも絶対にゲームをプレイしていた。毎日の積み重ねがものをいう世界だと信じていたから。それに才能がない俺はプレイ時間で元からある差を埋めなければいけなかったからだ。
しかし、昨日ばかりはそうもいかなかった。どうもそんな気にはなれれなかったのだ。自分の中では整理がついている、なんて強がって見せてはいたがやはり多少なりのダメージはあるようだ。
「いつぶりだろうな? 丸一日以上ゲームしなかった日なんて」
今日はせっかくの休日だというのに、何をするでもなく無為な時間を過ごしている。家にいるということは今までと何ら変わらないのだが、ゲームをしていない俺自身に驚いている。
する必要がないというと、今まで義務でやっていたように聞こえてしまうが決してそんなことはない。しかし、今はそれすらする必要がなくなった。
目の前の目標がなくなるということは、これほどまでに頑張る活力をなくすとは知らなかった。
ずっとベットの上でゴロゴロしていたが、昼過ぎになりようやく体を起こす。都内6畳の1Kの部屋はパソコンとベットを置けばもうそれだけでいっぱいいっぱいであった。
キッチンの方へ行き冷蔵庫から水を取り出しキャップを開けると、ゴクゴクと空腹の腹の中に水を流し込む。パソコンが置いてあるデスクを見て、二台のうちの一つを返す準備をしなければと思い、自分で買った低スペックパソコンを起動させ音楽を流しながら、もろもろの作業を始める。
宅配の業者を予約しておくからまとめて送ってくれと、オーナーとの通話の後にチャットが来ていた。なんとも撤収作業だけは速やか行動に笑いがこぼれたが、めんどくさいことを後回しにしたくないのだろう。俺とは真逆のことであった。
だからと言っても、そんなに時間がかかるわけでもない作業は、ほんの一瞬で終わってしまった。
「さて。どうしたものか」
送り返すパソコンやらをまとめて、玄関付近まで持っていく。ただでさへ狭い玄関がそんな物で場所を盗られたために、トイレのドアも半分しか開かなければ、冷蔵庫すらまともに開けないほどになってしまった。
この状態で月曜日まで待たないといけないのか。
休日初日の土曜日、普通の人であれば外にでて友人とショッピングや食事を楽しむのであろうが、俺にそんなことを一緒にする友人なんか一人もいない。いるのはゲーム友達だけ。
銃声音でも爆撃音でもない、ゆったりとしたカフェミュージックで過ごす休日は少しばかり刺激にかける。そんなことを思い、かかっている音楽を替えようと机に向かう。すると、普段ゲームをプレイするときに使っている通話アプリにメッセージが来ていることに気が付く。
タケル:パソコン付いてるのに何もしていない珍しいな。暇ならゲームせんか(^^)
競技とは関係ないゲーム友達から、招待が届いていた。
「ああー、う~ん」
なんともタイミングが悪い話である。彼は俺がプロゲーマーをやっていることは知っているし、応援をしてくれていた。だから、シーズンが終わって時間に余裕ができたから久々に誘ってくれたのだろう。もともと仲が良かったものの、俺が競技を始めてからはなかなか時間が取れずに疎遠になっていたのだ。
こうやって誘ってきてくれることは、とても嬉しいが今はそんな気分ではない。だが。
「せっかく誘ってくれたんだからやるか」
ハク:OKいいよ
タケル:よっしゃ!
チャットを送るとすぐに返信が返ってきた。それと同時にボイスチャットが始まり、俺もそこに入室する。
「おいっす、久しぶり~」
「おお! 久々にやろうぜー」
入室してすぐに懐かしい声が聞こえる。
「今シーズンもお疲れさまでした。全部見てたよ。惜しかったね」
彼はもともとesports観戦にも興味があったため、俺との共通点が多くすぐに仲良くなった。実際に会ったことはなく、ネット上だけでの関係ではあるが紛れもなく親友の一人である。
「ああ、ありがとね。惜しくもなんともない結果だけどね」
結果だけ見ればなにも残していないシーズンではあったものの、俺の頑張りをしってくれているから、彼なりに気を使ってくれたのだろう。
「あれ? てかマイク変えた?」
「お前気が付くの早いな」
応援してくれていたのは紛れもなく事実のようだ。俺が普段練習風景や大会などを配信しているのをちゃんと見ていないければ、声質が変わったことをこんなにもあっさり気が付くはずがない。
「いえいえ」
「今は昔のパソコン使ってるしマイクも使ってないからだと思う」
機材は全部返すため、マイクまでもなくなってしまった俺は数年ぶりにヘッドホンについているマイクで通話しているのだった。
「ああー、そうなんだ……。で、なにやる?」
「久々にフォージやるか」
「え? ……うん。いいよ」
彼も驚いたような声を上げたあとそれを承諾した。それは俺と彼が今までメインでプレイしていたタイトルではなかった。なんとなく今のゲームからは離れたいと思っていたのがつい出てしまった。
「そりゃぁ、仕事と寝ているとき以外はずっとやっているゲームだからな。シーズンが終わったのだから違うゲームくらいしたいよな」
「そうだね」
彼がなんとなく状況を察してくれてか、そんな気遣いの言葉をくれた。
「よっしゃ! じゃあやりますか!」
「おっけー!」
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