最終話 黒点

 文化祭の余韻に浸り早朝を迎えた翌日、黒原は黛澄とのデート二時間前に、駅近くの喫茶店でお茶をしていた。緊張を解すとかそういうのではなく、突然の用事が出来てそこにいる。

 今朝、笹岼から少しだけ話せるかと連絡があり、じゃあ駅近くの喫茶店で待ち合わせしようと返事をした。緊張もあり余裕をもって起床していた黒原は、突然の笹岼からの連絡により大急ぎで身支度をした。

 化粧の技術は全くなく、すっぴんのまま服はお洒落に気を使い、ロングの白ワンピに履きなれない高めのヒールを履いてみた。歩くのが大変で、ここまで来る時に何度も足を捻って足首を痛めながら来ている。失敗したと、アイスコーヒーの氷をストローで弄りながら後悔していた。それに、来てくれと頼んできた笹岼は、まだ来ていない。


「まだかなー、笹岼さん。集合場所に行く前に文房具買いに行きたいんだけどなー」


 足りなくなったシャープペンの芯を思い浮かべて、コーヒーを飲んでいると後ろから、お待たせ、と笹岼が汗をかいてやってきた。大きなため息をついて席に座ると、服を仰いで暑そうにしている。


「ごめん、結構待たせちゃったよね。これでも、自転車飛ばしてきたんだ」


「ううん、大丈夫だよ。とりあえずなんか頼めば? 何か飲んで、一旦落ち着いてから話をしようよ」


「うん、ありがとう」


 呼び鈴を鳴らし、慣れた手つきでアイスコーヒーとハムとレタスのサンドイッチで優雅なお昼を堪能するようだ。だとしても、高校のジャージを着たままのティータイムは、全くもってどうかと思う。


「ジャージを着て何をしてたの?」


 半分無くなったコーヒーを飲みながら質問を投げかけると彼女は、ちょっと待って、と息を整えてから話し始めた。


「昨日、黒原さんに連絡した通り、今日の朝から真相を知る本人に話を聞きに行ったの」


「真相ってなんの?」


 注文していたサンドイッチとアイスコーヒーが届く。


「あー、そこからか。真相っていうのは、これまでに起きた月詠ちゃんと花撫さんの事件の事。それを今回、花撫さんを襲った入院中の田中に話を聞きに行ったの」


 危険人物に話を聞くなんて、相当な勇気がいるはず。まさかと思い、一人でかと聞いてみると、彼女は当たり前かのように、もちろん、と答えた。彼女の事を改めて尊敬する。

 何があったのかと続けると、彼女は期待外れと言わんばかりに残念そうな顔を見せる。


「それが、田中と最初に骨折した話で盛り上がったまで良かったんだけど」


 骨折の話で盛り上がることなんであるのだろうか。


「あいつに月詠ちゃんとか花撫さんの話を振った瞬間、表情が変わって真っ直ぐ壁を睨み始めてさ」


 ​───────あいつに言われた通り行動してなければ・・・・・・こんな事には。


「って同じ事を何度も呟き始めて、話し掛けても止まらなかったから怖くて出て来たんだ。だから、結局分かったのは田中は誰かの指示で、花撫さんを襲った。まあ、ラブレターとか送ってたのも含めたら、好きというのは嘘じゃなそうだけどね」


「そう・・・・・・なんだ」


 犯人は結局分からずじまいだが、田中は誰かの命令で動いていた。すると、真犯人は一体誰なのか。その疑問だけが残る事になる。


「犯人探しは苦手だけど、近くにいるかもしれないって思うと怖いね」


 笹岼は、頷きながらサンドイッチを口に運び流し込むようにアイスコーヒーを飲むと、肘をついて手を前に合わせる。これは笹岼のホームズタイムの始まりだった。


「私の推理としては​───────」


「ちょっと待って」


 これは長くなると踏んだ黒原は、彼女が話し始めるのを遮る。時間を見ると、あと三十分ほどで待ち合わせ時間となってしまう。これ以上は彼女に付き合っていられない。


「ごめん、これから用事があるんだ。推理は興味があってすごく聞きたいんだけど、本当に外せない用事があるから」


「ん、黛澄くんとのデートでしょ? 知ってる知ってる。花撫さんが教えてくれたから」


「・・・・・・いつの間に」


「分かった。推理の内容は送っとくから、移動中にでも見といて。もうコピペするだけで送れるからさ」


 この時、笹岼は自分の推理を携帯にメモしているのだと初めて知った。やはり彼女は、ホームズの真似事をしているようにしか思えなくなってしまった。次に会う時は、ホームズについて話をしてみようか。深くは知らないが、多少なら話せるはず。


「ありがとう。じゃあ、移動中に読んでおくね」


 頼んだコーヒーは結露で汗をかいていて、氷が解けて飲み干していたはずのコーヒーの水嵩が戻っていた。黒原は、笹岼に手を振って喫茶店を後にする。

 喫茶店を出ると、早速駅に向かいながら笹岼から送られてきた長文を読み始める。書き方はまるで、推理小説のようで引き込まれるような内容だった。


〈私は、月詠ちゃんの事故で疑いをもたれていた。確かに私の自転車が細工されていて、あの事故を引き起こしたのは私と言っても過言では無い。しかし当然、私は何もしていない。無実なのだ〉


 まるで釈明文を読んでいるようだ。無実を主張する犯罪者のようで、彼女が犯人ではないと分かっていても勘違いをしてしまう。


〈それに、疑われる事は別に気にしないとしても、絵梨も私が殺したのではないかと疑われるのが腹立たしくて、だったらいっそ真犯人をとっ捕まえてやろうかと私は考えた〉


 落合が最後の時を過ごした相手は、笹岼であったことは知っている。紛れもない事実であり、ねじ曲げることの出来ないアリバイの一つ。彼女に説得された落合も、自殺をやめて教室に戻ると話していたと彼女から聞いている。

 元々仲の良かった相手にそんな嘘をついて、自殺を再度行うだろうか。でも有り得なくもない事だ。


 駅に着いた黒原は、内容を読みつつ電子マネーを改札に当てて駅のホームへ向かう。彼女の推理は、少しの間回想に入った。黒原のイジメ被害、落合の自殺、月詠の事故、そして花撫のストーカー被害。これらは簡単にまとめてあり自分もある程度知っている為、飛ばして読んだ。


「あれ、電車まだ来ないの?」


 どうやら前の駅で乗客による線路内立ち入りがあったせいで、遅延しているようだ。十分ほど遅れるとアナウンスが入る。黒原はため息をついてベンチに座ると、笹岼の推理を読書感覚で進めていく。


〈​───────例えば、自分の周りで起きた事が全て繋がっているとしたらどうだろうか。一人の人物が全てを引き起こしたと考えても、間違いではないと思う。関係がある人物といえば、黛澄を中心に黒原さん、白綺さん、月詠ちゃんと絵梨、そして花撫さん。全員が黛澄に対して恋愛感情を抱いている〉


 あれ、これって私も犯人扱いされているのかな。


〈根拠は不十分なものだけど、仲の良い黒原さんや月詠ちゃん、絵梨に花撫さんは当然犯人では無いと思う。残るは白綺さんだけなのだが、そんな回りくどい事を彼女がするだろうか。黒原さんを心配して、声をかけている姿を何回か見た事がある〉


 うん、白綺さんは犯人じゃない。あんなに優しく振る舞ってくれる人が、犯人だなんて思えない。


〈だとすると、犯人になりうる人物がその周りの人物と考えるしかない。日向ちゃん、生徒会の田中、黛澄くん。この三名だろう〉


「えっ、黛澄くんも犯人候補なの? どうして・・・・・・」


 読み進めていくと、関係する人物ではあるが彼女達を試すような事をして、殺害等をする危険人物では無いと明記されていた。生徒会の田中に関しても、命令されていたと口を滑らせていたし日向が用意周到に出来るとは考えにくいと、周りの人物も犯人ではないと否定していた。


「これじゃあ結局、犯人が誰かわからないじゃん」


 笹岼の推理は推理であって答えを出すヒントでしかなく、結局誰が犯人かはさっぱり分からなかった。

 黒原は携帯をしまうと、喉が渇いたと自動販売機でお茶を買った。遅延した電車も動き始めてこちらに向かっていて、いつでも乗れるように水分補給をしながら黄色い線の内側で待っていた。

 推理を読み終わって脳が疲れていたが、ずっとその事が頭の中でぐるぐると回り続けて、黒原も自分なりに推理していくがやはり犯人は分からない。


「それにしても、今日は暑いな。残暑とは言っても二十九度で日差しも強いし、黛澄くんに言ってちょくちょく休ませてもらおうかな」


 黛澄との初のデートが楽しみでしょうがない黒原は、ある程度、デートの流れを組んでいた。まずは買い物に行って距離を縮めて、次に休憩がてら喫茶店に入って、相手はあえて別のケーキを選んで一口もらう。そして最後に電車の中で居眠りをしたふりをして、彼の肩を借りる。

 ただ妄想がどんどん膨らんでいって、緊張し始めて鼓動が早くなっているのが分かる。先程よりも心臓が痛い。


「あっ、やっと来たな」


 遅延していた電車の顔が見えた黒原は、一歩前に移動して電車が止まるのを待つ。ふとその時、田中の背格好を思い出す。そういえば、彼の姿を前に見た事がある。乙葉が襲われる前に、彼をどこかで見かけた気がする。

 あれはどこだったか。月詠ちゃん達と出会ったゲームセンター、あの時はガシャポンを回してって頼まれたっけ。笹岼さんに最初の推理を聞かされた靴箱、大量のゴミが入れられててため息をついたのを覚えている。南條先輩と話した体育館、乙葉に真実を話すか迷ってて背中を押してもらったっけ。

 乙葉にも御国さんにもしっかり話そうと決めたのはその時で、だけどどれも違う。文化祭の準備期間中​───────でもない。じゃあ一体どこで彼を。

 思い出そうと頭を抱えていると、思考を遮るように電車の車輪の音が聞こえる。


「えっ・・・・・・」


 電車は残り数メートル、黒原は背中を柔らかな鈍器で殴られたように前に体重をかける。線路内に落ちることは無かったが、ヒールで上手くバランスが取れず、くるりと回って線路を背にしてホームのギリギリの所でつま先立ちになる。つま先に力が加わり、ふわりと身体が宙に浮く。

 その時、ホームにいた一人の女性と目が合った。そして、思い出す。田中の姿を見たもう一つの記憶、あれは朽城に資料整理を頼まれて放課後に残された時だった。


 ​犯人は、あなただったんだ​───────白綺さん。

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くろこさぎ 紫花 陽 @Jack_night

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