第26話 見つけた

 二日目の文化祭、今年最後の催しで最高の思い出を作ることが出来た。親友との仲を取り戻し、今は一緒に出店をまわっている。たこ焼きに焼きそば、いちごけずりに落書きせんべいと祭りのフルコースを両手に抱えて楽しんでいる。二日目のイベントで、十五時から吹奏楽による演奏会が行われるそうで、黛澄からの誘いを受けてから緊張して眠れなかった。

 今はそれに向けて腹ごしらえをしているわけで、無我夢中に花撫と雑談を交わしながら食べているのだが、緊張のせいで中々喉を通らなかった。


「みおりん、もうお腹いっぱい? 私が残り食べよっか?」


「ううん、平気平気。なんか緊張で食べられなくて、ちょっとゆっくり食べるね」


「ちゃんと食べないと、この後も動くんだからエネルギー蓄えとかないとね」


 そう言って、隣でもりもり食べ進めている彼女の姿を見て、余計にお腹が溜まっていく感じがして食べ物を口に運ぶことすら辛く感じてしまう。でも、まだまだ文化祭が終わりを告げるのは早すぎるわけで、彼女の言う通り食べないと動けない気がする。

 黒原は頑張って手元のたこ焼きを少しづつ、爪楊枝で小さくしてから食べ進めた。


「ねえ、みおりん。黛澄くんに告白するの?」


 突然、校舎側を眺めながら花撫が質問を投げかけてくる。思いがけない質問に、黒原は口にしたたこ焼きを喉に引っ掛けて咳き込んでしまった。


「急に、どうしたの、そんな事聞いて」


「私・・・・・・もし、みおりんが黛澄くんに告白して上手くいったとしても、何も言わないよ」


「えっ?」


「だって、昨日の二人は何だか、恋人同士って感じで凄くお似合いだったんだよね。それを見たら、負けた感じもしたんだけど、納得いった感じもして、別に平気というか何というか」


 また悪い事をしてしまったのかと思ったが、彼女はどこかすっきりしたような表情をしている。おまけに諦めがついたと、遠回しに言っているようにも聞こえる。

 でも、と言いかけた時、花撫は黒原の手を頬を両手で掴み、無理やり顔を自分の方へ向ける。


「だからみおりん、黛澄くんに告白して奪っちゃいな。他の人なんて関係なし。確かに、白綺さんや月詠ちゃん、その他大勢のライバルがいてビジュアル的にも学力的にも勝ち目が無いかもしれない。それでも、みおりんは彼にアタックするべきだと思う」


「でも私、そんな自信ないよ」


 頬を抑えられているせいで上手く話せない。


「自信? そんなの必要ないよ」


「それに、私の過去を知ってもらってからじゃないと付き合っている気がしないと思う。好きな人に、秘密を隠しながら一緒にいるなんて、私には出来ない」


 すると、頬から手を外して花撫は腕を組む。難しい顔をして、んー、と悩み始めた。


「確かにそうかも。秘密を隠したまま付き合うってなると、結局秘密って何かしらでバレちゃうものだから、隠し通すっていうのは難しいかもしれないね」


「でしょ? だから、私はいいの。好きな人と上手くいきっこないし、それに私、全てを打ち明けようと思ってるんだ。警察にも亡くなった彼女のお父さんにも、私がやりましたって」


 人を殺してしまった罪は重い、それは重々承知している。打ち明ける覚悟が出来たのは、花撫にそれを告げた時からだった。やっと言葉にする事が出来た自分の秘密、あの時の心のモヤが晴れた気分は今でも忘れられない。

 どちらにしても、平凡な日常が送られないとわかっている以上、それならと今後の不幸を受け入れる準備をして黒原は覚悟を決めた。


「嘘でしょ・・・・・・そしたら、みおりんが捕まっちゃうじゃん。青春、送れなくなっちゃうじゃん」


 悲しそうな目をしている。そんな目でこっちを見ないでほしいし、今にも泣き出しそうにしないでよ。私だって、悲しくて辛くて何度も何度も泣いて、目を閉じると御国さんの他人を恨む目が現れて、眠れない毎日を過ごしているのだから。

 黒原は、ごめん、と一言添えて、だから楽しもう、と彼女を抱き締めて耳元で最後の願いを口にした。鼻をすする音がする。顔が見えないけど、彼女も泣いているのがすぐわかった。


「よし、みおりん。それならいっそ、黛澄くんに全てを伝えて告白しよう。上手くいってもいかなくても、好きな人に全てを知ってもらおうよ」


「なにそれ、絶対上手くいかないし、言わなきゃ良かったって悔いが残るだけじゃない?」


「あっ、そうか。でも、デートくらいはするべきだと思うよ。平凡な日常を求めてたとしても、思い出はしっかり作らないと後悔するよ」


 そうだ、確かに私は平凡な日常を望んできて目立たないようにずっと影の中に潜んで、自分の意見を口にせず周りに合わせて生きてきた。でも、乙葉の言う通り、好きな人とのちゃんとしたデートをしてみたい。文化祭で終わってしまうような恋をしたくない。これは、全てを打ち明けるのを先延ばしにしなくては。


「わかった。乙葉の言う通りデートが先、自首は後にして思い出を作るよ。乙葉ともまだ一緒にいたいし、急がなくてもいずれやってくる運命だからね」


「うん、その意気だよ。それじゃあまず、吹奏楽の演奏会が終わったら、黛澄くんにデートの誘いをするんだよ。プランは一緒に考えるからさ」


「ありがとう乙葉、さすが私の親友だね!」


「どういたしまして!」


 親友が手伝ってくれる嬉しさに、さっきまでの喉のつまりが嘘かのように食べ物がどんどん口の中に入っていく。でも、デートになんて言って誘えばいいのだろうか。そう考えると、また食べ物が喉を通らなくなってしまった。


 演奏会が始まり、結局食べ残した焼きそばを手に聞く羽目になってしまった。本当は食べ終わって、今頃リズムに乗って手拍子をしているはずだったのに。

 黛澄は、端の方でギターを弾いている。クラシックギターというのに、左右に揺さぶって楽しそうに弦を弾いている。曲調に合わせてあんなに楽しそうにしている彼を眺めていると、なんだか好きなバンドのライブに来ているようで心が弾んだ。

 三曲程、披露が終わると一礼をして舞台から掃けていく。楽器を運んでいる最中、花撫に背中を押されて黛澄の元へ放り出された黒原は、どうしたの、と汗をかく黛澄に聞かれてより緊張が増したが勇気を出した。


「あの黛澄くん、今度さ、一緒に・・・・・・買い物にでも行かない?」


 言った本人が一番、下手くそな誘い方だと理解している。だけど、これが今の彼女の精一杯。


「えっいいの!? 僕の事、ずっと嫌いなのかと思ってたよ」


 黛澄は黒原からの誘いに驚いていたが、一方で嫌いだと思われていた事に、黒原は驚いていた。確かに、周りから嫌われまいと授業中などあまり話さないようにしていたから、それが原因だとすぐに理解した。だがすぐに否定する。


「いやいや、違うよ違う。私は別に嫌ってないよ。それに、嫌っていたら昨日お化け屋敷に一緒に行かないでしょ」


「あ、確かにそうかも。でも一緒に出かけるって、デートって事でしょ? 僕、デートするの初めてなんだよね。今まで経験ないからさ」


 ​───────え、嘘でしょ。


「嘘つかないでよ。黛澄くんみたいな人が、今までにそういう経験ないなんて嘘にも程があるよ」


「んーそうかなー、でも前に話さないっけ。僕、彼女とかいた事ないし、ちゃんと告白された事もないって。話してなかったらごめん」


 あー、なんかそんな事言ってたようで聞いた事がない気もする。でもそれが嘘じゃなかったら、結構複雑な初恋愛になる。初めて告白される相手が殺人犯なんて誰が喜ぶのだろうか。


「まあ、これは置いといて。デートいつにする? 明日とかでもいいよ」


 折り曲げた袖で汗を拭く彼は、突然の誘いというのになんだかんだ乗り気のようだ。


「うん、ちょっと遠出に付き合ってもらおうかなって思うんだけど、電車で少し行った所に大きなCDショップがあるからそこに行きたくて」


「了解だよ。現地集合でいい? 僕の家、ちょっと離れてるから一緒に行けないかもしれないからさ」


「わかった。じゃあ、十三時に集合ね。遅れたら何か奢ってもらうから、覚悟しといてね」


 待つのが苦手な黒原は、彼に念を押す。


「うわっ、遅刻しないようにしないとね。それじゃあ片付けあるから、またね」


「うん、またね」


 と手を振って彼を見送った後、湧き上がってきた喜びを抑えきれず、後ろで待っていた花撫に駆け寄って抱きついた。


「やったよ乙葉! デートの誘い、上手くいったよ!」


「良かったねみおりん! あとはちゃんと、黛澄くんに告白するだけだよ」


「そうだね。頑張らないと」


 告白、私は気持ちを伝える前に全てを話さないといけない。そのうえで、ちゃんと好きと伝える。御国さんや警察にも話したら、たぶん私は捕まって鳥籠の中に収監されてしまうだろう。

 正式に付き合って、映画を観たりカラオケで好きなバンドの曲を歌ったり、そういうのは出来ないと思うけど、嘘をついて生きていきたくはない。

 文化祭というイベントは、黒原に変化をもたらせた大きなイベントとなった。様々な複雑な想いを胸に、彼女は文化祭を親友と存分に楽しみ最後かもしれない青春を記憶に残した。


 花撫を襲ったストーカーは、文化祭二日目の夜に校舎裏で倒れているのを朽城が見つけ病院に搬送された。黛澄が事があったその日に、朽城に相談した事もあって探し回っていた所、彼を発見したのだと後から笹岼からの連絡で知った。

 ストーカーは、生徒会の田中という同学年の生徒だという。脚の骨を折っていて、どうやら二階から飛び降りたそうだ。上手く着地が出来なくて動けなくなってしまったと、病院で田中が話していたらしい。


「そうだったんだ。でも、犯人が捕まってよかった。これで乙葉も気にせず、学校生活が送れる」


 笹岼からのトークを閉じると、乙葉と携帯で撮った文化祭での思い出をスライドしながら、懐かしそうに鑑賞する。さっきまでの出来事だというのに、遠い昔の記憶のようだった。


「来年の文化祭も楽しみ・・・・・・私がいるかは分からないけど」


 不安を吐露しながら、自室の布団の上で横になっていると、笹岼からまた連絡が届く。〈私は明日、全てを確かめる〉という謎の一言が、携帯の画面の上に現れた。


「え、どういう事・・・・・・何を確かめるの?」


 口にした言葉をそのまま打ち込んだ。すると、すぐに既読がついて返信がくる。


〈今まで起きた事故や事件の真相を、本人に確かめに行く〉


「本人って誰の事なの。もしかして、白綺さんに聞きに行くのかな」


 笹岼は以前に、白綺の事を疑っていた。黛澄の事を好きな人物が周りの邪魔の存在を消す為に、まずは月詠をはめたのではないかと。だがそれは偶然にも笹岼を狙った犯行が、月詠に火の粉として降り掛かったのだとも推理していた。

 今回、彼女が動き出すきっかけとなったのは、恐らく花撫が襲われたのが原因だろう。だが、犯人は男であって白綺本人では無い。もしかして、今までの犯人が花撫を襲った生徒会の田中なのだろうか。だとすると接点は? 疑問が残る。


「本人って誰の事?」


 また口にした事をそのまま打ち込んだ。すると、またすぐに返信が届いて、〈それはまた全てが分かったら連絡する〉とそれから付け足される言葉も、こちらから聞きたいことも何も無かった。

 探偵を気取って行動しているのかと、仲良くなる前だったらそう思っていたが、今となってはそうではなく、単純に友達が傷付けられて腹を立てて行動をしているのだとすぐに理解できる。

 でも、明日のは全てが分かるだろう。犯人が分かって、逮捕されるか何かして怯えずに過ごせる毎日を過ごせるはずだ。そして私は、高校人生の全てを明日に注ぎ込む。運も何もかもを注ぎ込んで、黛澄とのデートを大成功に収める。


「あー、なんか緊張してきちゃった」


 ここ最近、何度も経験した鼓動の落ち着きの無さには参っていて、落ち着かせるのにも一苦労だ。黒原は、胸に手を当てて大きく深呼吸をして、天井に住み着くムンクの叫びとにらめっこをする。

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