第25話 親友
花撫は口を塞がれ、腕を抑えられている。もがくことも無く、男子生徒の掌から漏れる息の音が恐怖を感じさせる。
───────いけない!
黒原が花撫を助けに中に入ろうとすると、黛澄に肩を押さえつけられ、待ってて、と冷たく低い声を残し急いで中に入っていく。すると、男の背後まで一気に近づき、羽交い締めにして。
「離れろ! この変態がっ!」
「やめろっ! 離せっ!」
拘束が解けた瞬間、花撫は逃げるように窓の方に向かう。それを見て、黒原は真っ直ぐ彼女の元へ向かい強く抱き締めた。
「乙葉、もう大丈夫だからね。私がいるからね」
「みおりん・・・・・・みおりん!」
男子生徒は覆面すらしておらず、顔がハッキリ分かった。見た事がある顔、そういえば生徒会の一人にいた気がする。笹岼さんと一緒に、よくウチのクラスに来ていた男子生徒。そうか、こいつがストーカーだったのか。許せない。
抱き締めていた花撫の肩の向こうに、包丁が落ちているのを確認した黒原は、ここで待ってて、と花撫に伝えると、揉み合う黛澄達を横切って包丁を拾い上げる。包丁の柄を握った手が小刻みに震えるが、勇気を振り絞って花撫に襲いかかった男子生徒に向けて大声を上げる。
「離れてっ! 今すぐ離れないと、これで刺し殺すからっ!」
すると、黒原の方に一回振り返り、黛澄に掴みかかっていた手をすんなり離した。そして、彼は全員を睨みつけると、逃げるように去っていった。
いつの間にか息も絶え絶えで、安心したのか膝から崩れ落ちてしまった。恐怖のあまり力の加減が分からず、包丁は握り締めたままだった。
「黒原さんっ!」「みおりんっ!」
二人は黒原の元へ駆け寄って、黛澄は包丁を握り締めた指を一本ずつ慎重に離していく。大丈夫、もう大丈夫、と言い聞かせながら子供をあやすようにして。包丁が手から離れると、黛澄はそれを離れた場所に置きに行き、その間、花撫が過呼吸を起こす黒原を抱き締めた。
「みおりん、みおりん・・・・・・ありがとう。本当に、ありがとう。私を助ける為に、こんなに怖い思いをさせてごめんね」
「黒原さん、とりあえずゆっくり深呼吸だよ。もう大丈夫だから、僕達がいるから安心して」
言われた通りに深呼吸をするが、空気が入っていく感じがしなかった。恐怖で涙が溢れてきて、えずいてしまって余計に呼吸が苦しくて。でも、親友を助ける事が出来た事実を、花撫の泣きじゃくる顔を見て再確認して、呼吸もだんだん落ち着いてきた。
「乙葉・・・・・・ごめんね。私が、怒らせて一人にさせてしまったばっかりに、こんな怖い思いをさせてしまって」
「ううん、みおりんのせいじゃないよ。私が勝手に怒ったのも悪いし、みおりんに相談しなかったのも悪いから」
相談? と聞くと花撫は、実は、と今までにあった変な出来事について話し始めた。初めは靴箱の手紙、持ち帰っては捨てていたという。次に、校内を歩いているとよく視線を感じていたという。それが誰かも分からず知らんぷりをしていた。
家の窓を小石でノックされたり、ピンポンダッシュをされたり、プレゼント入りの宅配物が届いたりと家にまでそれがあったわけではないが、段々と気持ち悪くなって、今回の件に至る決め手としては、文句を口にしながら手紙を破り捨てたことだろうと、花撫は泣きながら話してくれた。
「そう、だったんだ。それは怖かったよね。乙葉、怪我はない?」
「うん、平気だよ。みおりんは?」
「私も大丈夫だよ。黛澄くんは?」
彼は右の手を抑えながら、大丈夫、と口にする。とは言っても、あからさまに痛みを我慢しているようにしか見えず、黒原は立ち上がって、ちょっと見せて、と右の手にある傷を確認する。
「嘘つき、結構血が出てるじゃん。あいつにやられたの?」
「ううん、押されて手をついた先に、ハサミが置いてあってそれで切っちゃったみたいなんだ」
「保健室に行こっ。乙葉に怖い思いをさせた犯人は後でもいいから、先にあなたの治療だよ」
「そうだよ。先に怪我を診ないと、治りが遅くなっちゃうからね」
「うん、ごめんね。ありがとう」
それから、保健室で黛澄が手当を受けている間に、黒原と花撫は、お互いに大丈夫かと心配して、また安心して二人揃って泣いてしまった。
「乙葉、本当にごめんなさい。私、乙葉の気持ちを馬鹿にするような事を言っちゃって」
「ううん、私が悪いの。勝手に怒って無視もしちゃって、みおりんの気持ちを理解しようとしなかった。それに、今まで散々嫌な思い出ばかりだったのに、怖い思いをさせちゃったし・・・・・・」
乙葉は理解をしてくれている。違った解釈をしているのかもしれないけれど、私の過去の記憶を話しても、逃げずに真剣に聞いてくれた。黛澄を好きだという話には、やはり過剰に反応して、離れていくんじゃないかと思ったけど、こうしてまた、しっかりと謝って仲を取り戻せた気がする。
南條先輩の言った通り、しっかり話せば親友なら分かってくれる。先輩には今度、お礼をしなきゃ。
黒原は、拭っても拭いきれない涙を流しながら、花撫を強く抱き締めた。親友でいてくれてありがとう、と心の底から感謝を伝えた。こちらこそ、と泣きながら返してくれて余計に涙が溢れてしまった。
「二人共、やっぱり仲良いね。こっちもなんか泣けてきたよ」
感動の場面を邪魔するように、黛澄が二人を見て鼻を啜る。おかげで止まらなかった涙が一瞬で引っ込み、何だか笑いが込み上げてきた。
「ちょっと、何で黛澄くんが泣きそうなの?」
「みおりんとの感動シーンなのに、邪魔しないでよ。黛澄くん」
「えー、なんかごめん。でも、二人が仲良くなって良かったよ。あんなに仲が良かったのに、あまり話してる姿を見なくなったからちょっと心配で。でも、こうして仲良くなれて本当に良かったよ」
腕を組んで、うんうん、と首を縦に振って、子供の成長を見届けるお年寄りのような顔をしていた。その顔にちょっとムカついた。あっ、と彼は何かを思い出すと、二人を交互に見て。
「ねえ、今日はもうそろそろ終わっちゃうけど、明日の文化祭、二人でまわったらどうかな? 当たり前の提案かもしれないけど、せっかく仲良くなれたんだし、一年に一回の思い出を泣いて終わるのはもったいないと思うんだ」
「そうだね。それは、黛澄くんの言う通りかも。乙葉・・・・・・」
黒原は花撫と改めて向き合って、真剣な表情を見せる。
「こんな私でごめんなさいだけど、親友同士ずっと一緒にいてくれるかな? それと明日の文化祭、隣を歩いてくれるかな?」
込み上げてくる喜びに、花撫は太陽のような笑顔を見せて大きく頷いた。
「もちろん、みおりんの親友は、私しかいないでしょ! それに、あんな秘密だって私だから話してくれたんだろうしね」
「なにそれ、黒原さんの秘密って何?」
秘密と聞いて興味が湧いたのか、黛澄が前のめりに聞いてくるが、こればっかりは親友を助けてもらった恩があったとしても話すわけにはいかない。
───────実は私、人殺しなんだ。
なんて軽々しく話せる話題でもない。それに話してしまったら、好きな人から嫌われる以上の地獄がその先に待っている気がする。ごめん言えない、と笑顔で答える黒原に、黛澄はそれ以上の追求はなく、そっか、と察してくれた。
「そういえば、みおりん達ってずっと一緒にいたの? 助けに来てくれた時も一緒にいたじゃん」
話を切り替えるように花撫が言う。
「うん、ばったり黒原さんに会って、お互いに一人だったから文化祭、一緒にまわろうって話になって一番怖いって噂のお化け屋敷に行ってきたんだ。そしたらさ、黒原さんそういう系苦手なの知らなくて隣で泣いちゃって」
「そうなの? みおりん、私にはそういうの教えてくれたこと無かったのに」
「乙葉に言ったら、週一で弄ってきそうだったから言わなかったの。だから、言わないでくれてた方が良かったなー」
とちらりと視線で黛澄に訴えると、ごめん、と謝ってきた。以前にも、苦手な物が彼女にバレて弄られた記憶がある。
近所の公園でブランコに乗って話していた時、ちょうどブランコの囲いに鴉が止まったことがある。鴉に襲われた経験があるせいか、恐怖のあまり叫んでしまい、そこから動けなくなってしまった。
実は、と花撫に打ち明けると笑い飛ばして、平気だよ、と鴉を追い払ってくれた。その時は優しいなと彼女に感謝を伝えたが、それ以来、なにかと、あっ鴉、と突然声をあげては驚かされる日々が続いた。
今ではそこまで驚くことはないのだが、幽霊が苦手というのを知られてしまった以上、今後も驚かされる毎日が続くのだろうなと、大きなため息をついた。
「みおりん、鴉に幽霊も苦手かー。今後も弄らせていただきます」
ほら、言わんこっちゃない。ただ自分からそう宣言するのは潔いな。
「じゃあ、僕もそうしようかな。お化け屋敷の時の黒原さん、自分の妹みたいで可愛かったし」
「えっ、黛澄くん妹いるの?」
「ううん、いないけどそんな感じがするって話だから。花撫さんにも見せてあげたかったよー、黒原さんの怖がりようをね。ということで、黒原さん、これからは僕も弄らせてもらうからね」
得意気な顔でそう言う彼に、許可してないんだけど、と強めに釘を刺したのだが彼もまた、それを聞かずに今後も弄ってきそうだ。まあ別に構わないし、そうして彼との距離が近づくなら私はその道を選ぶ。
だって私は彼の事が好きなのだから。
でも今は、馴れ合いも含めて抵抗してみよう。それもまた一つの思い出になる。
「大体、黛澄くんがお化け屋敷に連れて行かなければ、あんなに怖い思いしなくて済んだんだからね」
「いや、怖いなら先に言えば良かったって言ったでしょ? 無理やり苦手な所に連れて行ったりしないし、もっと楽しい場所に行ってたし」
「ふーん、そんな所あったんだ。じゃあ先にそっちに連れて行ってよ」
「ん、あーそっか。先にそうしてれば良かったのかも・・・・・・ごめん、僕のせいか」
口喧嘩に勝利した。ちょっと悪い気もしたが、本音で話せている感じで嬉しかった。ふふっ、と口元に手を当てて笑ってみせると、黛澄はそれを見て、やっぱり笑顔の方が良い、と微笑んでくれた。
好きな人からそういう風に言われたことが初めてで、ついつい頬が赤らむのを隠すように顔を逸らす。
「ちょっと、二人でイチャイチャしてないで私も会話に入れてくれる? 一応、私、被害者で心のケアというものが必要なんだと思うんだけど」
と二人の姿を見て痺れを切らして間に入る。
「ごめんね乙葉、でも原因は乙葉なんだからね。じゃあ次に奢ってって言ってきても、奢ってあげないから」
「えっ、それはその───────ごめんなさい、私が悪かったです」
「うん、よろしい」
「なんか黒原さん、花撫さんを従えてるみたいだね。氷の女王的なやつ?」
「違うけど、そう見えるの? 黛澄くんだって人の気持ちも知らないで、毎日を適当に過ごしているように見えるけど」
「いやいや、そんな事してないけど。第一、僕は相手の気持ちを汲み取って───────」
また口論が始まった。でもただの口論ではなく、これは仲良くなる為の意見交換のようなものだ。こうして言い合っているのに、お互いから笑顔が消えることはない。まるで付き合いたてのカップルのようだった。
「なんだ・・・・・・二人共、お似合いじゃんか」
花撫はそれを見て、ぎゅっと唇を噛み締めた。
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