第24話 友情

 文化祭一日目、親友と話す機会が無くてずっと寂しくて、喫茶レトロの担当時間も合わないからほとんど彼女の姿を見ていない。メイド服を着て接客なんて嫌だけど、頑張ってやり遂げた。可愛いとは言われたけど、正直嬉しくもなくて、たぶん乙葉がいたらそういう感情も湧いてきたんだと思う。

 出店のマップとフランクフルトを手に持って、周りをキョロキョロしながら歩く黒原は、不審者に間違えられてもおかしくはない。


「乙葉、どこだろう。食べるの好きだし、出店まわってると思ったんだけどなー」


 謝らなくちゃ、そう思い彼女を探しているのだがどこに見当たらない。本来であれば、文化祭の初日から二人で行動を予定していたはずなのに、喧嘩をしてしまったばっかりにこんな羽目になるなんて。

 文化祭前日まで謝るタイミングを探していた黒原だったが、花撫は声をかける度に、目が合う度に、逃げるようにどこか行ってしまう。結果、文化祭初日に持ち込むことになってしまった。


「もうちょっと探してみようかな。まだ行ってないところあるし」


 出店が立ち並ぶ校庭は周り終わり、次に黒原は校内を散策することにした。クラス毎で変わる出し物で廊下は華やかに飾られ、そこに多くの客がごったがえしていた。


「うわっ、すごい人・・・・・・でもどうにかなるはず。行くぞ、私っ」


 黒原は小柄な身をそこに投じて、穴を掘るようにしてかき分けながら進んでいく。関係者以外も文化祭に訪れる為、人だかりが出来ることは予想の範囲内なのだが、まさかここまで多いとは予想外だった。

 すいません、と謝りながら進む中で文化祭のどこのクラスが良いのかという話題で盛り上がっている男女のグループがいた。お化け屋敷や迷路、映画館など会話の中で挙げられていたが、グループ全員が首を縦に振って納得していたのは、喫茶レトロだった。

 メイド服が可愛かった、デザインが凝ってる、ケーキが美味しいなど絶賛していて、特に可愛かったメイドはという話題になった時、群を抜いて〈マキ〉と名前が口々に出ていた。

 白綺さんの事を言っているのだと、すぐに察しがつく。メイド服を着た彼女は、長め茶髪を後ろで結び礼儀正しく、笑顔をつくって接客をしていた。まるで本当に屋敷で働いているメイドのような気品も漂って、いつの間にかそんな彼女の姿を目で追いかけていた。


「でも、オトハちゃんとかツクヨちゃんも良かったよねー」


「あー、わかるわかる。オトハちゃんは元気っ子って感じで、ツクヨちゃんは守ってあげたくなる感じ。なんかミスしても叱るんじゃなくて、助けてあげたくなる感じがして、我が子の晴れ舞台を見てるようだったよ」


「うわっ、お前そこまで言うと気持ち悪いぞ」


「だって本当のことだもん」


 彼らは、自分達の事を大学生と口にしていた。明日も来ると話していたけど、勉強はいいのだろうか。大学生になればそういうのも自由なのかなと、不思議に感じた。

 人混みを抜けると、長い廊下の端までようやくたどり着けたようだ。とりあえず階段で二階に上がろうと、角を曲がった時だった。ドンと大きな壁にぶつかった、と思いきや驚いた顔をした黛澄だった。


「ごめん黒原さん、鼻、大丈夫? 痛かったよね」


「あ、うん、大丈夫、大丈夫」


 黛澄とぶつかるなんて予想外だったが、どこか得した気分だった黒原は黛澄の意外と厚い胸板を思い出し、ニヤけが止まらなかった。


「どうしたの黒原さん、なんかいい事でもあった」


 黒原を不思議そうに覗く黛澄に、ううん大丈夫、と恥ずかしさを混じえながら答えた。


「黒原さんって今一人なの? もし良かったら僕とまわらない? 友達とって思ったんだけど、各々の部活の出し物に一生懸命で全然時間も合わなくてさ」


 こんな誘い滅多にない。好きな男子から文化祭という大きな行事で、一緒に歩こうなんて奇跡と言っても過言では無い。ただ一緒に歩き回る想像するだけで恥ずかしさを感じるわけなのだが、これを無下にする事も出来るわけがなく。


「うん、いいよ。私も一人でまわってたし」


「ありがとう! じゃあ、あそこのお化け屋敷に行かない? めちゃくちゃ怖いって噂になっててさ。すごく気になるんだよね」


 嘘でしょ。開口一番にお化け屋敷って、難易度高すぎだよ。

 黒原の中で、幽霊というカテゴリーは最上位にくるほどの苦手要素で、まさか好きな人とそこに向かわなければ行けなくなるなんて、と思ったが、黛澄に、幽霊って平気? と笑顔で聞かれて、無理です、なんて言えず笑顔で頷き返した。


「お二人ですねー、どうぞー」


 受付の人にガラガラと扉を開けられて、真っ暗な世界へと足を踏み入れる。渡された懐中電灯だけが唯一の明かりで、教室の壁が防音のせいで廊下の音もほとんど聞こえない。

 黒原は、黛澄の腕をグッと引き寄せて抱き枕のようにして黛澄にぴったりくっついていた。動きにくいよ、と言われても力を緩める事はしなかった。


 アアアアアアアアアッ


 突然、体にボロ布を纏わせた人形が血まみれの状態で現れる。ドロリと滴る血とぶら下がった目玉が妙に現実味があって、思わず黒原は叫んでしまった。

 腕に力も入ってしまって、彼には少し痛い思いをさせてしまったかもしれないが、彼が誘ってお化け屋敷に入ったのだから、これぐらいは我慢して欲しい。

 痛い、と口にしていたが、それよりも私の事を心配してくれて、大丈夫? と声をかけてくれた。


「ごめんなさい、実は私、お化け屋敷とかあんまり得意じゃなくて」


「そうなの? 先に言ってくれれば、ここに入らなかったのに。それだったら、今すぐ誰か呼んで外に出ようか」


「いいの。なんかデートみたいで、怖いけど、とても楽しいから」


「そ、そう? それなら・・・・・・もう少しくっついてもいいよ」


「うん、ありがとう。黛澄くん」


 一歩近づけた。そんな気がして嬉しくて、心臓の鼓動が早くなって顔が熱くなっていくのがハッキリとわかった。暗闇だから見えないと思ったけど、こうして密着していると腕から鼓動の早さが伝わって、ドキドキしているのがバレてしまうのではないかと心配だった。

 ふと上を見上げると、気まずそうにしている彼の顔が懐中電灯の明かりで照らされていて、顔を赤くしているのがハッキリ見えた。

 こんな時間は、今まで経験した事がなくて好きな人と偶然にも経験する事が出来て、恐怖よりもそっちの方が勝ってしまって、お化け屋敷を出るまでの記憶がほとんど無かった。


「あー、怖かったね。黒原さん」


「うん、怖すぎて今日眠れる気がしないよ。黛澄くんと入れてよかった。乙葉とかだったら、もっと泣き叫んで迷惑かけてたかも」


 自然とくん呼びに変えてから、距離感が近付いた気がする。文化祭という短い時間だけなのに、すごく距離が近づいてこのまま付き合う所までいってもおかしくない気がする。

 黒原がそんな事を考えながら、壁によりかかりながらほっと一息入れていると、黛澄が思い出したかのように、そういえば花撫さんは、と質問を投げかける。


「あー、乙葉とは今、疎遠になってるんだよね」


「何かあったの?」


 黒原の隣で壁に寄りかかる。実は、と黛澄に好きな人の話と過去話をせずに、やんわりと大雑把に経緯を話した。すると黛澄は、黒原の方に向き直って、そりゃ大変だ、と昭和のおじさんのような反応をして。


「黒原さん、今すぐ謝りに行こう。僕も一緒に探すからさ。そうしないと、本当に親友が取り戻せなくなって一人ぼっちになっちゃうよ。信頼のおける友達は、簡単に手放すもんじゃない。秘密を話せる相手って数少ないわけで、そんな人、滅多に現れないんだから」


「分かってるよ。だけど、探しても探しても見つからないんだよ。もしかすると、乙葉は私の事を先に見かけて、避けるようにして身を隠しているんだよ」


「そんなことあるわけないでしょ!」


 私は、今、叱られたのか。弱気になっている自分を、優しい黛澄くんが叱ってくれた。こんなに真剣な表情、彼でもする事あるんだ。


「避けているんじゃなくて、話したいけど話せないんだよ。花撫さんは、これまでも黒原さんの事をたくさん心配してくれたはず。そんな人が突然、黒原さんから逃げるなんて事はしないよ。とにかく探しに行こう。もしかすると、クラスの誰かがどこに行ったか知ってるかもしれないから、一旦教室に戻ろう」


 彼女に有無を言わさず、腕を引っ張って教室の方へ向かう。青春ドラマのように、その間がスローモーションで動いているようだった。階段を駆け上がり、ごめん通して、と黛澄の先導で人混みを駆け抜けていく。

 二人付き合ってるの? と小言が聞こえた気がしたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。花撫とこれから、面と向かって話さないといけない。伝えるべき事を伝えて、よりを戻す為の台詞が緊張で頭が回らず思いつかない。だが、いつの間にか教室に着いていて、黛澄がクラスの女子に話を聞いている。


「ねえ、花撫さんって今どこにいるかわかる? ちょっと用があるんだけど」


「うーん、そういえば乙葉ちゃん見ないね。一応時間はとっくに終わってて、今は出店をまわってると思うけど、見かけてないの?」


「そうなんだよ。どこにもいなくて、もしかしてと思って聞いているんだけど」


「私、知っているわよ」


 とても綺麗なメイドさんがやってきたと思ったら、トレイを胸に抱えて優雅に歩いてくる白綺の姿だった。


「白綺さん、花撫さんの居場所がわかるの?」


「ええ、花撫さんだったら、ちょうどティーパックが切れてきたから家庭科準備室に取りに行ってもらってるわ。勤務時間じゃないというのに申し訳ないと思ったけど、ちょうど混みあっていて猫の手も借りたい所だったのよ」


「そうだったんだ。家庭科準備室だね、ありがとう白綺さん。行こう、黒原さん」


「あ、うん」


 急ぎ向かおうとする白綺が、待って何の用なの、引き止めるように言うと、これはこっちの問題だから、とちゃんとした答えを言わないまま彼らは教室を後にした。

 家庭科準備室は、旧校舎の二階の北側奥にある。旧校舎は、文化祭の時には倉庫の役割をして、多くの資材が点々と置かれている。家庭科準備室には冷蔵庫が備え付けられており、クラス毎に予備の材料が保管されていて、喫茶レトロの食材も冷蔵庫の端っこを陣取っている。

 ティーパックはその冷蔵庫の反対側に置いてあり、すぐ分かるように〈喫茶レトロ用〉と表記をしている。花撫は、それを取りに行っているのだ。


「入りまーす」


 息を切らしてたどり着いた二人は、一言添えて中に入ろうと扉に手をかける。しかし、鍵がかかっていて中に入れそうにない。


「あれ、おかしいな。花撫さんがいるなら、中に入れるはずなんだけど」


 一クラス一つだけ、専用の部屋に入れる鍵を用意されており、基本的に出入りが制限されている。文化祭というのもあって、以前は鍵を解放してこれから入学予定の中学生に向けて校内見学も兼ねていた。

 しかし、それを悪いように使う生徒が横行していた。青春の真っ只中、そこで不純異性交遊が問題となり、退学処分を受ける生徒も多くはなく、学校側は今回から使用したら必ず施錠をするようにとルールを設けた。

 白綺の言う通りなら中にいるはず、すれ違いがあったとしてもここに来るまでにどこかでばったり会っているはずだ。


「花撫さん、もういないのかな。花撫さーん、おーい!」


 とりあえず、向こう側にいるはずの花撫を大声で呼んでみると、中から何か物が落ちる音がした。低く鈍い音、砂袋程の重たい何か落下した音、向こうからの何かしらの反応だとしたら、中には花撫がいる。


「ねえ、今、音したよね。黒原さんも聞こえていたよね」


「うん、聞こえた。声は聞こえなかったけど、なんか落ちた音がしたよ」


 黛澄がもう一度大声で名前を呼んでみるが、次は何も物音がしない。黒原は、ふと思い出す。そういえば、日向達が花撫のストーカーの事を話していた。嫌な予感がする。次の瞬間、体が勝手に動いていた。


「来て、黛澄くん」


「どこ行くの、黒原さん」


 黒原の後を追うように黛澄が向かった先は、隣の家庭科室。ちょうど別のクラスの生徒が、そこで出し物の資材を用意している所を邪魔をして、教室を横切りベランダへ出る。ベランダは隣の部屋に繋がっていて入る事も出来る。

 節電も含めて、全部屋の窓を定期的に解放して新鮮な空気を取り込んでいる。今はちょうどその時、黒原は急いで隣の部屋に向かうと。ちょっと待って、と黒原の腕を掴む。何っ、と苛立ちを込めて振り返ると、口元に人差し指を置いて、静かに、と促した。

 黛澄は一度、中の様子を見てから行動しようと、言うではないか。何を言っている、親友が危険目にあっていたらどうするのかと怒り心頭で、掴んだ彼の手を振り解こうとする。


「いいからっ!」


 と小声で黛澄にお願いされた黒原は、握り拳をつくって大人しく彼の指示に従った。窓枠の外から二人で中を覗いてみる。そこには花撫を机の上に押さえ付けるように、同じ学校の制服を着た男が立っていた。

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