第23話 屈折

 まさかみおりんに同情されて、恋愛の手助けまですると言われるなんて、悔しくてしょうがなかった。私より彼女の方がやっぱり可愛いと思う。男子にウケる大人しめな性格に、身長もそこまでなくて、親友ではあるけど憎たらしいと思うこともあった。

 それを特に感じたのは、黛澄くんと話している時だ。

 いつも楽しそうに話していて、彼女の目は彼の姿でいっぱいになっているし、恋愛をする乙女の表情をしている。なのに、彼女は叶わない恋だのと弱気な面を見せる。非常に腹が立つ。


 あれから、彼女とはほとんど話していない。文化祭も迫っているのに、一緒にまわる約束もしたというのに、隣に彼女が居ない。彼氏でもつくっていれば、この寂しさを埋めることが出来るのだけど、その穴を埋められる相手が私にはいない。

 姫鞠姉妹は二人でまわるというし、笹岼さんも生徒会で忙しそうだし、一人でまわるしかなさそうだ。黛澄くんが隣にいたら違うんだろうな。花撫は、授業中もそんな事ばかりを考えて、勉強に身が入らずにいた。


「じゃあまたね」


 最近では、一人で帰ることが増えた。文化祭の担当の仕事は、全部終わってしまって放課後に残る事も無くなった。日向達は、他の生徒に頼まれて違う仕事をしている。黒原と帰ることも無く、黒原の後ろに歩いているか、前に歩いているか、時間差で学校を出ていく。

 靴箱を開いて、外靴に履き替えようとすると、靴の中に手紙が入っている。何かと思い、封を雑に開けて中身を見る。ラブレターだった。花撫の名前と想いが綴られた一枚の手紙、相手の名前はどこに記載がなかった。

 好きです、いつも見ています、淡々とした内容で心が揺れ動くほどの内容ではなく、無言でバッグの中にしまった。


「イタズラかな。名前も何も無いし、文章もこれじゃあ気持ちが伝わってこないよ」


 それからだった。毎日のように靴箱を開けると、必ず放課後にはラブレターが入っていた。いつも通りの淡々とした文章で想いが綴られていて、相手の名前もない。イタズラにも程がある。さすがに嫌気がさした花撫は、一旦それを持って教室に戻り、ビリビリに細かく破いて丸めて、ゴミ箱に投げ捨てた。


「あっ!」


 と誰かが声を上げた。もしかして、手紙を捨てるのを見られてしまったのかと、急いで周りを見渡した。足元を見ると、白いペンキの湖がこちらまで広がっている。


「ごめんなさい! 靴汚れてないですか?」


「あ、うん、大丈夫だよ」


 どうやら小ぶりのペンキの入ったバケツに脚が当たって、豪快にこぼしてしまったようだ。日向ちゃんも同じような事をしていたな。でも、手紙をくれた人じゃなくて良かった。もし本人に見られでもしたら、本人はたまったもんじゃない。目の前で破かれて捨てられるなんて、私でも嫌だ。

 花撫は、ゴミ箱にもう一度向き合って、ごめんなさい、と一言残し教室を後にした。


 手紙はそれからも毎日、靴箱の外靴の中に放課後必ず入っていた。内容は変わらずで、日に日に不気味に感じ始めていた。

 イタズラにしても熱心すぎるし、同じ内容なのが更に気持ち悪い。姫鞠姉妹や笹岼に相談してみるも、イタズラなんじゃない、美織のファンだよ、幽霊の仕業かも、なんてまともに相談には乗ってくれず、犯人探しを一緒にしてくれるわけでもなく、結局、我慢をするしか無かった。


「みおりんがいれば、絶対何とかしてくれてたよね」


 小言を呟き、大きなため息をつく。

 段々と、放課後の靴箱が苦痛になっていく。先生にでも相談すればいいのだが、大事にされても困るし面倒だ。だったら自分で解決してやると意気込み、彼女はすぐ行動に移した。

 花撫は、靴箱の前で用意されている手紙を思い切って破ってみた。それに加え、陰口をたたいてみた。


「こんな意味のわからない手紙ばっか送ってきて、何がしたいっていうの!? 本当に訳わかんないんだけど! 気持ち悪っ!」


 ちょっと言いすぎた気もするが、心做しか少し気持ちがすっきりしたような気がする。もし、手紙を見つけて読んでいる相手の姿を確認するために、本人が近くにいるとするなら、これ以上の屈辱に耐えられず姿を現すだろう。

 そう踏んだ彼女の危険も顧みない行動は、すぐに成果を生んだ。

 「くそっ」と怒りを靴箱に向けられ、低く鈍い音が学校の玄関に響く。占めたと、花撫が急いでそちらに向かう。手紙の相手を捕まえて、いい加減にやめて欲しいと念を押そうと向かうのだが、相手は凄まじい勢いで廊下を駆けて逃げていく。

 あまりの速さで追いつけず、靴箱を抜けたところで「待って」と叫んでも相手は止まらず、そのまま角を曲がって姿を消してしまった。後ろ姿からして、長身の男子生徒というのはわかった。


「もう! あと少しで捕まえられると思ったのに!」


 地団駄を踏み、悔しさを露わにする花撫は、その日は仕方なく素直に下校した。それからは手紙が靴箱に入っている事はなく、やっとイタズラは終わったんだと安堵した。


 いつも通りの日常に戻り、あっという間に文化祭の日を迎え、黒原とは別の時間帯でメイド服を着て接客に臨む。

 文化祭は二日間行われ、メイドは男子も含めて時間で区切られ順番に変わっていく。まさか男子もメイド服を着て接客するとは思わず、本人達もそうだが、花撫自身も恥ずかしさを感じていた。


「いらっしゃいませー、レトロにようこそー。お客様は二名様ですね。こちらにどうぞ」


 来店する客から「可愛い」「似合ってるね」など、褒め言葉をもらうことが多く、少し自信を持てた反面、やはりメイド服を着ている事が恥ずかしくてしょうがなかった。

 文化祭は、生徒に関係する家族や友達以外にも、文化祭の情報を耳にした人もたくさんやってきて、校門から立ち並ぶ屋台には、大勢の客が楽しみに並んで待っていた。


 この学校で唯一のメイド喫茶であるからか、教室の前には男性客の列がずらりと並んでいる。それを横目に、きもっ、と小声で貶す女性の姿もあれば、興味津々な人の姿も見える。これはこれで成功だ。

 まさか自分がメイドをやるなんて、と未だに思っているのだが、客の対応をしていると褒め言葉をもらえることが多かった。案外悪くないものだなと、やる気がみなぎってくるのが自分でもわかる。


「すいませーん、注文いいですか?」


「はーい」


 呼ばれていくと、四人掛けのテーブルに一人で陣取っている男子生徒が座っている。笑顔で気さくが良さそうで、どこかで見た事がある顔だ。そういえば、笹岼さんの隣にいたような。


「あの、生徒会の方ですか?」


 何気なく聞いてみると、そうだよ、と嬉しそうに話した。


「僕はあんまり目立たないから、オトハさんに覚えてもらえてるなんて嬉しいよ」


「え、なんで名前・・・・・・」


 名札をつけていることを忘れていた花撫は、男子生徒の言動に不信感を募らせる。だが、彼が胸の辺りに指をさし、名札、と一言、注意を促す。


「あ、そうだった。ごめんなさい、疑っちゃって」


「いや、別にいいよ。僕の方こそごめんね。なんか気持ちの悪いストーカーみたいに、急に名前で呼んじゃって」


「え、ああ、大丈夫です。少し驚いただけですから」


 ストーカーという言葉に反応してしまったのはどうしてだろうか。ふと手紙の事を思い出し、あれがファンとかそういうのじゃなくて、ただのストーカーなのではと思うと、余計に怖くなる。

 でも、今は接客が優先、各クラスで最上位の売上を出したクラスには、ご褒美が待っていると文化祭が始まる前に校長が話していた。クラス全員で頑張ろうと意気込んだ反面、ここで足を引っ張るわけにはいかない。


「すいません、ご注文をお聞きしますね」


「あーっと、じゃあ温かい紅茶と、チーズケーキを貰おうかな。紅茶は、ストレートでお願いします」


「はい、かしこまりました。温かい紅茶とチーズケーキですね。少々お待ちください」


 花撫は裏に引っ込むと、まず紅茶のティーパックをカップに移しお湯を注ぐ。煮出している間に、大きめの冷凍庫から箱に入ったチーズケーキを取り出す。

 教室の出入り口を一つ無くして用意されたカウンターの裏なのだが、スペースが狭くてすれ違いざまに男子と多少ぶつかってしまうのが気まづくてしょうがなかった。

 五分ほど時間を空けてから、チーズケーキと紅茶をトレイに乗せて客の席に向かう。凍っていたチーズケーキを溶かす意味合いと、しっかり用意しているというアピールの為にと、クラスで決められた掟だった。


「お待たせ致しました。チーズケーキとホットティーでございます」


「ありがとう、ホットティーか。そっちの頼み方のほうがオシャレだったね」


「いえ、どちらでも大丈夫ですよ。頼み方は人それぞれなんで」


「優しいね、オトハさんは。ねえ、また気持ち悪い質問かもしれないけど、オトハって漢字でどう書くの?」


 確かにちょっと気持ち悪い質問にも思ったが、別に隠す必要も無いので手に文字を書きながら、乙女のおとに紅葉のじです、と教えてあげる。


「乙女のおとに、紅葉のじか。難しい教え方をするんだね。紅葉のじ、じゃなくて葉っぱのはの方が簡単なんじゃない?」


「そうだけど、前者の方がなんかかっこよくないですか? 葉っぱのは、なんてダサい感じがして」


 あー確かに、と彼は深く頷いた。すると、彼は乙葉の手を急に握って、乙葉さん、と必死な態度をとる。

 花撫もそれにはさすがに驚いて、身の危険を感じて手を離そうとする。


「な、なんですか急に! 離してください!」


「あ、ごめん。あの良かったらなんだけど、僕と一緒に文化祭まわってくれないか? 君が良ければ、僕は君と一緒に文化祭を楽しみたいんだ」


 気持ちは嬉しいのだが、初めて会った人と文化祭をまわるなんて、緊張もそうだし話す内容もほとんどないわけで、とても文化祭を楽しめる気がしない。顔はシュッとしてて悪いわけじゃなく、髪型も短めで整っていて生徒会だからか七三分けで、性格も良さそうで、だけどこの人はどこか。


 ​───────気持ちが悪い。


 これが野生の本能というのか、この人はダメだと頭が拒否している。当然、この後も担当の時間が終わったら黒原もいないし、一人でまわることになる。家族や親戚は二日目に来るそうで、明日にならないと孤独は変わらない。それならとは考えたが、やはりここは。


「ごめんなさい。私、仕事とかで忙しいので」


 すると、途端に相手の握っていた手の力が緩んだ。瞬間に手を引き抜きお盆を抱えて、失礼します、と一言添えて席を後にした。同じ時間に働いていたクラスメイトに大丈夫かと心配されたが、だったら助けてよと思いつつ、大丈夫、と笑顔をつくった。

 カウンターの裏から、フロアを見渡すことの出来る隙間がある。そこから、振った彼の様子を見てみると酷く落ち込んでいるようだった。

 さっきの笑顔はどこにもなく、唇を噛み締めてぎゅっと瞼を閉じていて、悔しそうな表情をしている。

 それほど想ってくれたのかと嬉しくも感じたが、あの数分間だけで好きになってくれるなんて、とも考えた。だけど、世の中には一目惚れという言葉がある。たぶん彼は、私に一目惚れをしてしまったのだろうと、自意識過剰かもしれないがそう思った。


 とりあえず、彼がチーズケーキと紅茶を完食してレトロから出るまで、ホールには出ないようにした。他のクラスメイトも先の状況を見ていたからか、やめときな、とホールの代役を快く引き受けてくれた。


「花撫さん、ああいうタイプは気をつけた方がいいよ」


「どうして?」


 一人の女性スタッフが注意を促す。花撫は、その理由がよく分からなかった。


「私、あの人の事はさっぱりだけど、酷く悔しそうにしてるでしょ? あれってね、症状が悪くなると変な道に走っていくのよ」


 ヒソヒソと小声で話してくるから、耳を傾けないと聞こえずらい。周りに配慮してそうしているのだろうけど、カウンター裏なんだから別にいいんじゃないかと思ったりする。症状とは言うけど、別に病気ってわけじゃないだろうし、でもどういうことなのだろうか。


「変な道って何?」


「アイドルとかに推しが出来た人って、プライベートまで探りたいって思う人が絶対一人はいるでしょ? それと一緒で、好きな人の表と裏を知りたくなる人がいる」


「結局何が言いたいの? よく分からないんだけど」


「変質者、ストーカーって事よ」


 ストーカー、その言葉を聞いて、靴箱の手紙の事を思い出した。ビリビリに破きながら、愚痴を吐いてそれを聞かれていた。たぶん、あの時にいたのが彼女がいうストーカーだったんだ。鼓動が早くなった気がして、花撫は大きく深呼吸をする。


「わかった。気をつけるね」


「うん、何かある前に注意しとけばどうにかなると思うから」


「ありがと」


 正直言うと怖さもあるけど、どうでもいい気もしていた。これからあの人とは何ら関わることもないだろうし、自分もあの人に近付こうとはしないわけだし大丈夫だろう。

 あそこまで落ち込んで悔しそうにするとは思わず、彼の事を振ってしまったことは申し訳ないとは思う。けど、好きなのは黛澄くんなわけで他の男にいくのはどうかと思う。何より気持ちが悪いと思ってしまった以上は、あの人と一緒にはなれない。

 彼が店から居なくなったの見計らい、よし、と気を取り直して花撫はホールへと向かった。

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