262 昨夜はお楽しみ、ではなかった

「…何か眠そうね?アル君、昨夜、遅かったし」


 翌朝。

 アリョーシャの街『ランプ亭』の食堂にアルが降りて行くと、挨拶もそこそこに女将がそう声をかけて来た。


「色々と忙しかったもんで」


 昨日は移動距離が半端なかった。

 豊富な魔力量があるので、半分も使ってないし、【魔力自動回復】スキルのおかげで、すぐに元に戻ってはいたが、あちこち行き過ぎて、色々あり過ぎた。身体は元気だが、精神的な疲れがある。


 カーマインを泊めたので、宿を取ってあってもアルはここでは寝ておらず、キエンダンジョン温泉宿に泊まっている。昨夜も姿を見せただけだ。


「悪いけど、もう一泊はキャンセルな。替わりに朝食をもう二人分追加でおれの分も含めて大盛り三人分持ち帰りで」


「え、それだけでいいのかい?」


「ああ。はい、食器」


 食器は持って行けないので、持参の食器に盛ってもらう。馴染み客なら後で返してもいいが、忘れそうなので。

 朝食をもらった後、アルは再びキエンダンジョン温泉宿の食堂に戻る。

 もう二人分はイディオスとカーマインに、だ。

 カーマインもイディオス同様、魔力が主食で食べる必要はないのだが、味覚はあるので少し食べさせたら、


『今の人間はこんなに美味いもんを食ってるのか!』


と目から鱗だったらしい。

 イディオスのかつてと同じく、人間と関わりが少な過ぎだった。


 それも持ち場からそう離れていられないからで、カーマインにも通信バングルを渡し、いつでもアルが連れて来れるようにした。

 通信バングルが転移ポイントになっているので。


 イディオスの森のような転移魔法陣や転移罠を仕掛けるには、遠過ぎるので、カーマインが拠点に戻り、アルかシヴァが行って次元のうずを調べ、ダンジョンを攻略し、カーマインの拠点周辺を調べてから、だ。

 …長い道のりである。


 カーマインは長く生きてるからか、細かいことはあまり気にしないらしく、アルがシヴァに化けていたことも、転移者なことも『そうなのか』とあっさり受け入れていた。

 それでいいのだが、もし敵対すれば周囲の街や森が!と考えただけに拍子抜け過ぎである。


 カーマインは一般的な宿の朝御飯も興味津々だったので、アルがテイクアウトして来たワケだ。

 もう少し人間社会のことを勉強してもらわないと、やらかしそうなので街には連れて行けない。燃えているように見える真紅の羽は特徴的だが、【変幻自在の指輪】で何とかなるにしても。


 『ランプ亭』の朝御飯は和食で、ご飯と味噌汁、肉野菜炒め。

 卵は実は高級品だったりするので、中級宿では出て来ない。アルが前に滞在していた時は材料渡して目玉焼きを付けてもらっていたが。

 フェニックスは鳥とは違うし神獣なので、気にしないとは思うが、一応、どうなのかな?という食べ物は避けている。

 カーマインは特に何が入ってるのか気にした風もなく、ガツガツと平らげた。これも気に入ったらしい。


『アル、今日はどうするんだ?』


 食後のお茶をしていると、イディオスがそう訊く。


「カーマインを連れてアリョーシャの街まで転移して、その後はシヴァになってカルメ国のダンジョンを攻略する。カルメ国にも拠点作っといた方がよさそうだから」


『かなりの距離の転移になるが、魔力は大丈夫なのか?』


 カーマインはそこが気になったらしい。


「全然平気」


『カーマイン、転移だけを問題にしてるのはどうしてだ。ダンジョン攻略が前提になってる辺りも気にしろ』


 イディオスがツッコミを入れる。


『そうは言うが、ここまで強い人間は滅多におらんだろ。距離が長い程、転移魔法は魔力を食うだろうし、人の魔力量はそこまで多くなかったハズ』


「一般的には100を越えると多いという扱いらしいぞ。おれは規格外なんで43万以上もある」


『…そこまで増えてるのか、アル…』


「おうよ。毎日、転移や錬成で使ってりゃそりゃそうだよな、って感じ」


 自覚はあまりなかったが、地道にコツコツと経験値が積み上がっている。


「ああ、カーマイン。何か暇つぶし持ってく?長距離飛ぶのも眠くなるだろうし、音楽聴いてくとか」


『え、どうやってだ?飛ぶのに邪魔にならんか?』


「大丈夫。ヘッドホン型音楽プレーヤーを作るから。索敵はスキルや魔法で出来るだろ」


 大きくなっても小さくなっても大丈夫なように、というのはマジックアイテムの指輪と同じだ。

 音楽プレーヤー&レコーダーの小型化はとっくにしてあるので、後は調整だけである。

 動力源は浮遊魔力と本人の魔力なので、魔力切れの心配もない。オン、オフ、音量調節も魔力だ。

 音楽の記録媒体の取替はアルがやることになるが、従来のクリスタルと違って大容量なので空きはまだまだあった。

 この世界の音楽とアルの元世界のピアノ曲、ギター曲と色々入れておく。


 カーマイン用に調節して装着すると、


『おおぉおおっ!音が聴こえるぞ!』


という感想だった。こういったマジックアイテム自体、初めてだったらしい。


『いいな、これ。楽しい。これが音楽というものか。ありがとう』


「どういたしまして。でも、地域によっても音楽は違うから、そっちに行ったらそっちの音楽を入れてやるよ」


『ああ、そうしてくれ』


 操作方法は難しくないので、カーマインもすぐ覚えた。

 曲を飛ばしたり検索したりも出来るが、それには慣れが必要だ。

 イディオスは転移魔法陣で自分の森に帰り、アルとカーマインはアリョーシャの街に転移し、そこでカーマインと別れた。

 方角はしっかりと分かるらしい。


『アル、世話になったな。また何かあれば連絡しよう。…いや、何かなくても連絡していいか?』


「もちろん。通信バングルはイディオスにも繋がるから、旧交も温めてくれ」


 カーマインに渡した通信バングルはそういった設定にしてあり、イディオスの方の通信バングルも調整した。


『ああ、そうだったな。では、また!』


「ああ、また」


 空間転移でいつでも会えるので、別れはあっさりだった。

 アルは隠蔽をかけると、シヴァに変わり、そのまま、すぐにカルメ国王都ガンザルの防壁前まで一気に転移した。



――――――――――――――――――――――――――――――

新作☆「番外編17 アシデー・マ=トーイ見参!」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330661006174854


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る