223 リズミカルに麺をすする音しかしない

 冒険者ギルドを出るまでに、散々呼び止められそうなので、アルはあっさりと影転移で商業ギルド前まで移動した。

 商業ギルド内に設置した自販の行列が外にも続いているため、全然目立たないのだ。


 アルが中へ入ると、目ざとく気付いた受付嬢が、


「アル様、少々中でお待ち下さい!」


とさっさと近寄って来て商談室へ案内してくれた。

 トリノは裏の倉庫に行っていただけで、程なく部屋に来た。


「順調に行ってるようですが、もう撤収してしまいますか?」


「いや、今の自販の話じゃなく、新しい商品の自販の話。販売出来る目処が立ったんだけど、画期的過ぎて営業許可が下りないかもしれねぇって、友達も言うんでまずは確認しとこうかと」


 これなんだけど、とアルはカップラーメンの自動販売魔道具を出した。


「らーめん?」


「うどんともパスタとも違う第三の麺類。で、これは三年は保つ長期保存食なんだよ。だから、冒険者ギルド内で売ろうと思ってるんだけど、画期的なのはその手軽さ。熱湯三分で温かい美味しい食べ物がすぐ出来上がる」


 アルはダンたちに見せた時のように、買う所から熱湯を入れて出来上がる所まで見せ、今回はトリノ一人なので箸を渡してそのまま食べさせた。

 そろそろ小腹が減る時間なのでちょうどいいだろう。


「………」


 ずずっずずっとリズミカルに麺をすする音しかしない。

 トリノもかなり気に入ったようだ。


「で、ラーメンの製法自体は商業ギルドに登録しようと書類が作ってあるし、肝となる『かん水』も最初は売るつもり。後々は自分たちで用意して欲しいけどな。海水や草木灰があれば手作業で抽出するのは難しくねぇから。最初に作る時だけは鑑定出来る人が付いているだけでいいし」


 食べ終わってから、アルは話を再開する。


「…ええっと、アル様?ラーメンの製法を登録してしまうんですか?かなり、稼げると思いますが…」


「元々道楽だって言ってるだろ。広めて色んな味が楽しめる方が断然いいんだよ。基本製法は教えるけど、麺の太さも色々出来るし、麺に色々混ぜてもいいし、スープもそれこそ鍋のシメに入れてもいいぐらい、バリエーションはかなりあるんだって。このラーメンの麺は中華麺って言うんだけど、茹でた後、野菜と一緒に焼いて焼きそばにしてもいい。うどんも焼きうどんがあるだろ?あんな感じで本当にバリエーションが豊富なんだって」


「…そうなんですか。こちらとしては手軽に食べられるようになれば有り難いですが、アル様、しみじみと無欲なんですね…」


「いやいや、おれ程、強欲な人間は早々いねぇぞ。食の充実って一朝一夕じゃやれねぇのに、やろうとしてるんだからさ。自分が食べたいというだけのために」


「まぁ、その考え方ならそうかもしれませんが…」


「で、基本スープも登録する。鶏ガラスープ、豚骨スープ、味噌スープ、和風出汁、きのこ出汁の作り方も。海の魚は手に入れ難いだろうけど、川魚でも出汁は作れるからな。もちろん、このスープや出汁は他の料理にも使える。それこそ何でも。煮詰めて魔法で乾燥させれば、携帯食料にもなるスープの出来上がりってワケ。お湯で溶けばいいだけだからな。具は別で入れることになるけど、なくても美味いよう作れるし」


 アルはまとめておいた書類を出して、トリノに渡した。


「…え?このカップラーメンに入っていたように、乾燥させれば大丈夫なんじゃ…あ、いえ、短時間では簡単に戻りませんね…」


「そう。カップラーメンはフリーズドライ製法って言って、凍らせた後、乾燥させてあるんだよ。凍らせることによって食品の細胞組織を壊し、その空いた穴に熱湯が入ることによって、すぐに戻るようになる、ってまぁ、原理は覚えなくてもいいけど、特殊製法だとだけ覚えてくれれば」


 「何か小難しいこと言い出してるぞ」という顔になったトリノに気付き、アルは要点だけ付け加えた。


「一度凍らせてあるんですか…」


「氷の魔法使いがいれば出来るけど、そもそもが少ねぇんだろ?冬に雪山に行けば作れるけど、その前に遭難するだろうしな。魔物は冬眠しねぇし」


「…ですよね。では、凍らせる魔道具ならば、作成可能なのでしょうか?」


「無理。麺類は伸びることは知ってるだろ?瞬間冷凍しねぇとラーメンのよさが損なわれるし、まったくコストに見合わねぇ。何とかして氷の魔法使いをスカウトしたとしても、魔力量的に量産は無理だろうな」


「それ以前に食べ物を凍らせて売る、ということに同意してくれる魔法使いがいないと思います…。変にプライドが高いというか、生活に魔法を使いたがらないというか…」


「そういやそっか。だったら、海魚がもっと流通してるもんな。おれにも瞬間冷凍する魔道具は作れねぇし。どうやってもパワー不足で」


 オーブを使えばパワー不足は解消するが、一般人に使えるようにするには魔力補給に難があるワケで。ここは魔力じゃなく、新しいエネルギーでの機械化が必要かもしれない。


「…考えてみてはくれてるんですね」


「一応な。ってことで、かき氷と同じくウチの独占になるけど、カップラーメンの販売はしてもいい?場所は冒険者ギルド内のみ。ダメなら、ダンジョン前で売る」


「冒険者ギルドの許可は取ってるのでしょうか?」


「まだ。商業ギルドが先かと思って。即答しないってことは、トリノさんだけでは判断出来ねぇってこと?」


「話が早くて助かります。当ギルドのギルドマスターに話してみないことには、返答は出来かねます。こちらの書類は頂いてもよろしいでしょうか?」


「ああ。提出用だから。サンプルに三種類一つずつ。三分砂時計も三つ」


 醤油味、豚骨味、味噌味を並べ、砂時計も三色並べる。


「…えっ、他の味もあるんですか?」


「そ。仲間たちもノリノリでさ。他の味も開発中」


 三種類以降はアルはまったく指示してないのだが、フリーズドライ製法というのがコアたちにとっても衝撃だったらしく。うどんでも開発中である。


「あ、その砂時計の容器も新しい製法だと思うから、これも登録しといて。ソルジャーアントの目とカエルの粘液の混合。どちらも結構浅い層でドロップするから入手し易く、利用方法も広いと思う。種類によっての透明度合い、硬度の違いも書類にまとめてあるから」


 コアたちが知らないのだから、確実に新しい製法だが、どうやってそれを知ったのか?が問題になるので「思う」を付けたワケだ。


「…アル様、どれだけ新技術を登録するつもりですか…」


「おれに言わせてもらうと、何で今まで研究してねぇの?って感じなんだけど。ガラスより割れなくて軽いし、溶かして型に流すだけなのに。鋳造技術はあっても金属と魔物素材を混ぜるだけみたいだし」


 魔物素材同士で、という研究は予算的にも厳しいのだろう。


「ええ。予算的に厳しくて中々研究は進みませんので。こちらの砂時計は錬成したものですか?」


「そう。砂は砂漠の砂に色付けたもの。細かい砂だから、錬成以外でしっかり密閉するのは難しい。油や粘液を使う方法もあるけど、コストは上がるな」


「油や粘液に耐える素材も、問題に…これなら耐えるのですか?」


「ああ。だから、油の容器や採取の容器にも使える。詳しくは書類読んでくれ」


「分かりました。それにしてもアル様、別に当ギルドの営業許可にこだわらなくてもよろしいのでは?」


「それを職員のトリノさんが言っちまうか。ルールは守ってこそ楽しいからだよ。別に商業ギルドを潰したいワケでもねぇし」


「有難うございます。では、ギルドマスターに窺いますが、影響が大き過ぎるため、商業ギルド本部の会議にかける必要があるでしょう。アル様がお急ぎでしたら本部まで行って頂いた方が早いかもしれません」


「じゃ、紹介状書いてくれる?」


「…行くんですか?」


「おれの規格外さはいい加減、思い知ってるだろ?速い移動手段があるし、エイブル国の王都エレナーダにも近々行こうとは思ってたしな。自販は予定通り、明日まで設置する。仲間で対応出来そうだし、連絡もすぐ取れる。トリノさんには通信魔道具を渡しとこう」


 エイブル国王都エレナーダにもダンジョンがある。

 ラーヤナ国王都フォボスのように街中ではないが、防壁から馬で三十分もかからない近い所に。

 六十層の中規模ダンジョンで攻略済だが、ダンジョンマスターは不在だった。

 王都の側はメリットも多いので、アルがダンジョンマスターになるつもりである。

 アルは通信バングルをトリノに渡した。


「おれに連絡が取れるだけじゃなく、【念話】スキルがなくても補正して考えるだけで通話が出来るようになっている。命の危険があったり、至急対処しねぇと困った事態になったら呼ぶといい。その通信バングルが目印になってるから影転移出来る」


「…貴重な物でしょうに、よろしいんですか?」


「いいから、渡してるんだろ。ウチの担当ってことで狙われるようなこともあるかもしれねぇしな。トリノさん以外が通信して来たら、緊急事態として対処するから覚えとけよ」


「分かりました」


 トリノに使い方を教えてから、アルは商業ギルドを出た。紹介状は商業ギルドのギルドマスターからの方がいい、と後日になった。

 後でも受け取れるので、とりあえず、明日の朝に出発しよう。



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新作☆「番外編14 名もなき転生者は誤解する」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330660585084262


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