第15章・エイブル国

209 パラゴの商人たちはしっかりと情報を掴んでいた

 物陰から出てパラゴの商業ギルドへ行くと、まだまだ夕方のラッシュだった。

 終わりがけなんてとんでもなかった。

 しかも、受付嬢、受付職員が手慣れまくっていて、サクサクと捌いて行く。

 さほど待たなくてもいいか、とアルは行列に並んだのだが、前回会ったことのある受付嬢が目敏く見付け、受付していた客を少し待たせて奥の商談室へ案内してくれた。

 用件を言う前からトリノを呼んでくれるそうなので頼んだ。商業ギルドの職員も凄腕の商人だった。凄腕の人を引き抜いているのかもしれない。


「お待たせ致しました。お久しぶりです、アル様」


「全然待ってねぇよ。スゲェ対応だな」


「重要なお客様には相応の対応をしませんと。今日は『こおりやさん』の件でございますか?」


「やっぱ情報掴んでるか。そう。ここパラゴでも自動販売魔道具を設置したいから営業許可が欲しい」


 隣のラーヤナ国の話でも王都だし、話題をさらったのは間違いない所なので。そして、アルが魔道具のバイクで移動していれば、関連付ける人もいただろう。

 トリノはアルが色々とレアアイテムを持っていて規格外なことから、多分、と推測を付けていたに違いない。アルの平凡な容姿も噂になっているかも、だが。


「かしこまりました。設置場所はこちらで見繕いましょうか?」


「いや、仲間が調べ済なんで。トリノさんが見て、ダメそうな所は教えてくれ」


 アルはパーコにもらった設置場所候補を記した地図とリストをトリノに渡した。欲張らずにかき氷、冷水合わせて三十ヶ所だ。

 王都フォボスより、地方の街の一つであるパラゴは当然街の規模が小さいこともある。

 トリノはしげしげと地図を見て、何度も頷く。


「これはよく考えられた場所ですね。多少、行列が出来た所で周囲の迷惑にはなり難い所ばかりです。…ええ、問題ないと思います。設置許可の交渉はこちらの者を付けましょうか?」


「いや、やりたい奴がいるんで。もし、何かあればフォローはしてもらいたいけど」


「はい、もちろんです。しかし、商業ギルドはつながりはあっても共有はしておりませんので、ここエイブル国でも商業ギルドに登録して頂き、口座も作って頂くことになります。構いませんか?」


「もちろん」


「屋台扱いになりますので登録料は銀貨5枚になります。場所代は設置場所の方と交渉して下さい。こちらの手数料は一台に付き、いくらぐらいで設定していましたか?申し訳ありませんが、我が国では初めての試み、基準がありませんので」


「最初に話し合って決めた額は一日一台銀貨1枚だった。でも、商業ギルドに問い合わせが殺到してまったく割が合わねぇんで、売上の5%追加で払った。同じにする?」


「え、5%でも相当な額になりませんか?」


「まったく採算が採れねぇ道楽なんで気にすんな。じゃ、同じでいいぞ」


 …ということで書類をさっさと作り、トリノも自動販売魔道具はまだ見たことがないので、アルはロビーに行って自販を出した。

 ラーヤナ国でもエイブル国でもこの辺り一帯は両替しなくても、銅貨なら銅貨、銀貨なら銀貨で普通に使える。離れた国になると両替は必要になるが、商業ギルドで両替してくれる。

 ちなみに、遠い国まで行っているシヴァだが、折を見てちゃんと両替していた。

 自販はこの周囲の国で使う想定なので、どの貨幣も対応している。

 試験販売を始めると、驚くより先にこぞって並び出したのでアルはもう一台出した。

 他の商人たちもしっかりと情報を掴んでいたらしい。


「これってラーヤナ国の王都で話題だった魔道具ですよね?」


「どうして何台も持ってるんですか?売らないって聞いてますが…」


「『こおりやさん』の従業員の方ですか?是非、ご主人に取り次いでもらいたく…」


「静かに。おれが『こおりやさん』店長だ。ごちゃごちゃうるさいのなら引き上げて違う街に行くだけだぞ」


 そして、街の悪評判が立つ、までセットになる。


「それは勘弁して下さい…」


 トリノが心底弱ったような声で言う。


「だったら、黙らせろ。売らない、仕組みも売らない、もし、売るのなら国家予算五年分ぐらいはかかる。使ってある素材だけで一台につき。道楽なんで好きな所で好きに食べ物を売るだけだ。ラーヤナ国国王が『『こおりやさん』に手出しするな』という勅命を出した理由をよく考えてみるといい。エイブル国の王族にもツテあるしな」


 さすがに周囲が静かになった。では、ついでに。


「それから、時間停止にする方法は別に秘匿しているワケじゃねぇ。『平均的魔力量を持つ五人なら魔力が必要量に達するまで三ヶ月ぐらいは魔力を注ぐ』と簡単に手に入る書物には書いてあるし、他の書物を参考にいくら改良してもこの目安なら一ヶ月はかかる。

 でもって、これは最後に込める魔力量であって、その前に魔法陣を描くのに属性に偏らないAランク魔石が三つはいるし、そのインクにも魔石やレア鉱物を溶かして一定の魔力量を保ちながら途切れねぇように描く…って感じ。それに錬金術のレベルも相当上げねぇと途中で錬成に失敗する。こんなんを公表しても誰が作れるよ?だろ?」


「…ですが、アル様、現存するということは…」


「今、市販されている容量の少ねぇ時間停止のマジックバッグとは根本的に作り方が違うんだろ。けど、おれはこういったやり方で作ってるってだけの話。つまり、一瞬でこの場にいる全員を、どころか、この街自体を一瞬で消滅させても余裕な程、おれは魔力量が多い。ま、別に信じなくてもいいけど、うっかり敵に回らねぇ方がいいぞ。フォボスの街に出た強盗なんか、結局、150人以上いたけどさ。何故か王宮の中庭に首だけ出して埋められてたらしいし?」


 更に静まり返る中、偶然、入って来てしまった人は不幸だった。何故、こんな異様な雰囲気になっているのか分からず、おたおたする。


「買わねぇのならしまうぞ」


 アルがそう言うと、時間が動き出したかのようにかき氷の自販の列が動き出した。まだ、ぎこちなく、会話も小声だが。



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