157 何か国が吹っ飛びそうかなって
「あー疲れたぁ~」
そろそろホワイトタイガーと遭遇するかも、と『くつろぎセット』を展開するワケにも行かず、フル装備のまま、探知魔法で広範囲を探りながらの空の旅は、さすがにシヴァでも精神的に疲れた。
そして、夕暮れの今。
シヴァはアルに戻ってキエンダンジョン温泉宿、その露天風呂にて癒やされ中だった。
『お疲れ様です、マスター』
キーコバタが冷酒の小瓶とガラスの盃が入った木桶を、お湯に浮かべてくれた。
「お、ありがとう。サービスがいいな」
お茶ぐらいは出してくれるが、湯船で酒は初めてだ。
いい酒だった。
『改めてアル様がマスターでよかったと思いましたので、ほんの心ばかり。パーチェの街のダンジョンコアは
「まぁ、キーコバタたちの方が思う所はあるか。魔力が少ないなら少ないでやりようもあるワケだし、そういったことすら聞いてなかったマスターだし」
『はい。冒険者は特にあまり考えないタイプの人が多いですから、あれこれ訊かないのも仕方ないのかも知れません』
「いわゆる脳筋だな。そういえば、コアたちにとって、どういったダンジョンマスターが理想なんだ?」
『長生きで新しい知識を持っていて、新しいことを始めるのも貪欲で、尊敬出来て、常に楽しそうにしていらっしゃる方が理想です。マスターはほぼ理想ですが、コアの思惑を裏切り、何度もダンジョンエラーにする程強過ぎるので、そこはちょっと思うものがあります。コアが増えるたび、『ざまぁみろ』という気持ちと同情で複雑になります』
「ははははは。『ざまぁみろ』って、かなり人間っぽい感情だなぁ」
『これ程、ピッタリな言葉も中々ありません。…ああ、後、『こおりやさん』は楽しかったので、また開店しましょうね』
「おう。中途半端になっちまったんで、おれもまた開店したいんだけど、予想以上に冷たいものの需要が高かったから、客をどうさばくかが問題だな。街中だと周囲の店に迷惑だし…まぁ、また考えとこう」
どこでも行列が出来そうなので、場所選定からして中々難しいのだ。
『お、アル。帰ってたのか』
そこに、イディオスがやって来た。大型犬サイズである。
「よ、イディオス。転移魔法陣、使い勝手がよさそうだな」
『ああ。転移トラップも予想以上にひっかかって手間なしだ。この分だとたまに見回りする程度でいいな』
すっかり温泉にハマっているイディオスは、水魔法でちゃんとかけ湯をしてから温泉に入って来た。
「それは何より。こっちはぜーんぜん見付からねぇよ。ホワイトタイガー。ダンジョンマスターがいるダンジョンがあったから、何か知ってるかも、と訊いてみたけど、まったく知らなかったし」
『我も探すぞ。もう少しこちらが落ち着いたら、だが』
「イディオスの神気に気付いて出て来てくれるんなら、それが一番なんだけどな」
そんな簡単なことじゃなさそうだ。
『アル…いや、シヴァだと怪しまれるだろうか、やはり』
「やはりとか言うし。問答無用なら、こっちもそれなりの対処はするから…吹っ飛ぶかな、森」
『しっかりと手加減しろ。森はそう簡単に元には戻らんのだぞ』
「分かってるって。…キーコバタ、もしもの時のために一瞬で強固な結界に閉じ込められる魔道具、作っといて。神獣でも閉じ込められる強度な」
アルでも強固な結界は張れるが、一瞬で、とは行かないだろうから。
『かしこまりました』
『それなら森の無事は確保出来たか』
「イディオス、少しはおれの心配してくれねぇ?」
『ヒュドラを三十秒で倒す奴に何の心配をしろ、と?しかも、まだ全力で戦ったことがなくて、だろうし』
「何か国が吹っ飛びそうかなって」
『可愛く言えばいいってもんじゃないからな!』
「思うに、おれは元々規格外だから、意識だけ転移して他の身体に入った所で、中身は一緒なんだから同じく規格外になるのは当然のこと。そして、この世界では魔法があってレベルアップもあるから、ますますとんでもねぇことに、で多少は予想した神だか超越者だかがおれを身体ごと転移させなかったのも、その辺りが理由。そう仮定するなら、今の状況でもまだマシってことなんじゃね?」
『すべてが予想とは違うことになってると思うがな。…アル、何の酒を飲んでるんだ?』
「米の酒。醸造酒。原料に糖が含まれてるので、酵母を加えるだけで発酵させられるお酒のこと。ワインやエールも醸造酒。飲む?」
『いや、ご飯の後がいい。そもそも、風呂で酒ってありなのか?』
「ありに決まって…あ、こっちにはそういった風習がねぇのか。元の世界では普通だった。ま、酔い易くなるんで注意は必要だけど、おれは状態異常耐性あるし、元々強いし」
そういえば、キーコに湯船に木桶を浮かべて酒を飲む風習があった、と話したことがあった。だから、出してくれたのだろう。
『そうなのか。色々と風習も違うのだろうな』
「それは、国によってもバラバラだしな。…ん?今の話の流れでちょっと思ったんだけど、おれに最初から『状態異常全耐性』があるのって、別に異世界人特典じゃねぇのかも。元々治療薬以外の怪しい薬は効き難いし、眠気も我慢して三日完徹とかやれてたし、肌も丈夫で他の連中がかぶれても全然平気だったし、後は洗脳系は自意識がしっかりしてるおれは絶対かからないって言われたことがあるんだよなぁ、研究してた人に。そういえば」
ふと思い出したのだが。
『アルが元々規格外だったというだけの話か。やっぱり』
「やっぱり、とか言うし~。最初からステータスが高かったのも元々の身体依存なのかも、と思わなくもねぇけど、自分の身体はないのに魂付随なのか?という所が疑問に思ったり」
『ふむ。ステータスが高いと寿命が延びるのは、精神体に近付いて行くから、と聞いたことがある。つまり、身体の能力と思っているステータスは実際は…』
「魂付随の可能性が高いってことか。そう聞くと納得。このアルトの身体の身体能力だったら、おれの意識の反応に全然付いて行けなくて、多分、また殺されてただろうし。動き難いと思った程度というのも今思うと、スゲェな。初めて馬に乗るようなもんだろうに」
アルがすごいのか、転移させた神だか超越者だかの調節がすごいのか。
『馬にたとえるのか』
イディオスに笑われた。
「他にイディオスにも分かるようなたとえが思い付かねぇし。ラジコンとかロボットとか車もねぇだろ。…あ、そうそう、今日はイディオスに美味しい物を食べさせてあげよう」
うなぎはまだイディオスにはご馳走してなかった。
『いつも美味しい物しか食べさせてもらってないぞ』
「まぁ、そうだけど。色んなダンジョン巡りしててよかったなぁ、と思う食材に巡り合ってさ」
そんな話をしながら、アルは風呂と酒を堪能し、イディオスやキーコバタと話すうちにいつの間にか精神的な疲れもなくなっていた。
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*大感謝SS「番外編07 あの時の裏事情―ダンside―」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330659248555612
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