156 部屋を借りる代金にドーナツ

 隠蔽したキーコバタを連れてボス部屋前に転移し、転移魔法陣から1階へと転移した。

 パーチェの街へは徒歩で三十分ぐらい。騎竜だと三分ぐらいだった。

 騎竜は隠蔽しなかったので、入街審査の列に並んでる人たちを驚かせてしまったが、騎竜を消して最後尾に並ぶと、いつものように順番を譲られてすぐにシヴァの順番になり、ギルドカードを見せても、ほぼノンストップでパーチェの街の中に入る。


『マスターに譲って当然ですね!』


 何故か誇らしげに念話で伝えてくるキーコバタ。


『アルの時はこういったことは起きねぇのは何故?』


『…どうしてでしょう?』


『おれが訊きたいんだけど』


 分からないことは放って置き、冒険者ギルドへ向かった。ダンジョン側の街なので、冒険者の流れを見ればすぐ分かる。

 十時過ぎ。

 シヴァが冒険者ギルドに入ると、人がそう多くなかったギルド内はやはり徐々に静かになって行った。

 これまたお馴染みなのでスルーし、周囲を見回して茶髪淡い緑の目の女性の姿を探す。強者はまったくいない。


 ルミエールというギルドマスターは、パーティでダンジョンを攻略し、たまたま偶然か、パーティ内に優秀な斥候がいたか、でコアルームを発見したのだろう。

 ダンジョンマスターになっても、積極的に動いてない一つの理由が分かった。

 シヴァは驚いた顔をしている、小さな子供をおんぶした茶髪女性に近寄る。


「シヴァだ。あなたがルミエールだな?」


「あ…はい…」


「ギルドの応接室を借りられるのか?」


 部屋を借りられるツテだかコネがあるから、ギルドを指定したのかと思ったのだが……。


「いえ、まだ…」


 手際悪っ!…シヴァが速く移動し過ぎたのもあるだろうが、それにしたって受付も空いてるのに。


「じゃ、借りて来る」


 シヴァは受付に行き、応接室を借りたいと告げると、快諾され案内までしてくれた。途中で呆然としているルミエールも連れて行く。


「しばし部屋を貸し切る礼と騒がせた詫びだ。皆で食べてくれ」


 金より食べ物の方がいいだろう、とシヴァは【チェンジ】で出した球体ドーナツが入った箱を二つ渡した。縦10cm×横15cm×深さ6cmという小さめのお弁当箱サイズだ。

 錬金術の可能性を探るべく、といった高尚な理由じゃなく、単に錬金術でどこまで出来るのか試したかったのと、食べたかったのが理由だ。


「あ、え、有難うございます!」


 戸惑いつつも、甘い香りに気付いた受付嬢は笑顔でお礼を言い、去って行った。


「ルミエールと子供は果実水の方がいいか?」


「あ、はい。…すみません」


 ルミエールにはガラスのグラス、一歳前後の子供の方は木とスライム皮とでストローマグを錬成して、もう少し薄めた果実水を入れて渡した。

 ストローマグは両方に取っ手があるので、幼い子供でも持ち易いロングセラー商品だ。

 作ってから「この世界にはないかも…」と思ったが、作ってしまったものは仕方ない。

 シヴァは冷たいハーブティにした。


「この部屋には防音結界を張ってあるから、外に音は聞こえない。…改めて訊こう。パーチェダンジョンのダンジョンマスターのルミエールだな?」


「はい」


 ルミエールは色々驚き過ぎて一周回って冷静になったのか、案外、しっかりとした返事だった。

 シヴァはキーコバタの隠蔽を解く。


「おれはSランク冒険者のシヴァ。こちらはラーヤナ国キエンダンジョンのダンジョンコア、その分身体のキーコバタ。おれはキエンを始め六つのダンジョンのダンジョンマスターだ。あなたの地位を脅かすつもりはないのは分かってもらいたい」


「はい、ダンジョンコアから聞いてます。神獣についてお聞きしたいということでしたね。どうしてかお聞きしても?」


「神獣のホワイトタイガーの居場所を探しているから。ラーヤナ国の神獣のフェンリルと友達なんだが、大ざっぱな位置しか知らなくてな。探している理由は害するためじゃない」


 『神獣のお役目軽減策』の話は部外者にするべきじゃない。万が一でも邪魔されると面倒だからだ。


「…フェンリルと友達?」


 まるで思ってもなかったことのようで、ルミエールは呆然と聞き返した。


「ああ。その証拠に今すぐ連れて来ることも出来るが、必要か?」


「あ、いえ、そこまでは。そうですか。ホワイトタイガーは北の方の山にいると聞きますが、それ以上は知りません」


「それだけか」


 状況変わらず、だ。


「こちらからも質問していいですか?」


「ああ」


「何故、六つものダンジョンのダンジョンマスターに?そこまでのメリットはないように思えますが」


「それはあなたがパーチェダンジョンしか知らないからだろう。規模が大きく魔力量も多いダンジョンだと、ほぼ何でも作れるし、こうして分身体を転移させ、魔法を使うことも出来る。ダンジョン外だと魔力の補給は必要になるけどな」


「…え、ほぼ何でも作れるんですか?」


「ああ。キーコバタによると、パーチェダンジョンは元々魔力量が少ないのに、食材に特化し過ぎてるせいで他に回す魔力も更に少ないらしい」


「では、食材に特化せず、そこそこにしたら色々と作ってもらえるようになるんですか?」


「どうだ?キーコバタ」


『無理ですね。パーチェダンジョンは情報保存が出来ていませんから、そのノウハウも失われている確率が高いです。もし、情報があったとしても作るだけの魔力量が足りないでしょう』


 キーコバタはルミエールにも分かるよう念話で伝えた。


「やっぱ、そうか。各ダンジョンが続いて来た年数も違うし、持ってる情報もそれぞれ違うし、得意不得意もあるしな」


「じゃあ、どうやったら魔力は増やせるんですか?元々少ないと何やってもダメってことですか?」


『そうですね。本来なら魔力の多い所にダンジョンが出来ますが、この周辺には小さなダンジョンが多いので、浮遊魔力を奪い合ってる状況です。冒険者が出入りすることによって浮遊魔力の流れが変わり、ダンジョンに集まって来ますが、パーチェダンジョンは浅層ばかりに冒険者が多いため、それも滞っています。打開策として破格に魔力が多い方の助力を願えば魔力量は増やせますが、マスターが変更され、その方のダンジョンになってしまいますね』


 魔力の多い所にコアを移すと確実に魔力量は増えるが、育つまで時間がかかるし、このマスターだと場所の移動は考えてなさそうなので、言わないのだろう。


「…そうですか」


「ああ、言い忘れていた。今、ダンジョンボス部屋、エラーになってるから、封鎖しといたぞ」


 聞いているかと思ったが、そうでもなさそうなのでシヴァは教えてみた。


「…エラー?ダンジョンコアから何も聞いてませんが…ちょっと失礼します」


 ルミエールはペンダント型の通信魔道具を使い、ダンジョンコアに色々と問いかけた。

 シヴァはその間にキーコバタを送り返した。

 ここまで魔力が薄い地域だと、キーコバタはロクに活動出来ないし、シヴァが魔力を注ぐにしても、ホワイトタイガーが聞く耳を持たず、戦闘になってしまう万が一の際のためにも温存しておきたいワケで。

 おそらく、ステータスはイディオスより高い。


 『神獣のお役目軽減策』も使うダンジョンはこの近辺では役者不足だろう。

 隣のヒマリア国まで転送出来るだろうか。中継となる魔法陣の開発をした方がいいかもしれないので、その旨、コアたちに念話で伝えておいた。

 ルミエールはまだコアと話していたが、この先はシヴァには関係ないので、グラスやカップを片付け結界を解いて立ち上がる。ストローマグは進呈してやろう。


「後はそっちでやってくれ」


 シヴァがドアに向かうと、呼び止める声がしたが、スルーして立ち去った。

 ルミエールはロクな情報を持ってなかったのに、話し過ぎたぐらいだ。


 そういえば、ドロップ品を一つももらってない。

 どうせ、大したものじゃないにしても、まったくの無駄足というのも虚しいもので。…いや、知らない、というのも情報か。


 パーチェの街の外に出てから、シヴァは再び騎竜に乗り、適当な所で隠蔽をかけた。


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*大感謝SS「番外編07 あの時の裏事情―ダンside―」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330659248555612


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