153 へい、お待ち!うな重特上五人前!

 翌日。

 シヴァは再び『ごろ寝旅』をしていた。

 …とはいえ、カルメ国入国手続きはしていない。


 表向きはまだヒマリア国に滞在しているし、国境を通ったかどうかなんて、何か起こらなければ確認しないだろう、と思ったからだ。

 騎竜での移動はただでさえ速いし、変に疑われるのも嫌なので、明日には一応、入国手続きはするつもりである。

 シヴァは遠いカルメ国に滞在中、にしておいて、ラーヤナ国やエイブル国でアルとして動けば、誰も疑えない。

 転移出来ると知ってはいても、二国をまたがるような長距離転移が出来るとは思うまい。


 …いや、出来るのか?一回では無理でも二回ならやれるだろう。

 その辺り、『神獣お役目軽減策』にも関係することなので、慎重に検証せねば。

 カルメ国の端では転移トラップで飛ばすにしても、ヒマリア国のミマスダンジョンだとキツイのなら、中継地点ということでポイントを…カルメ国内の近場のダンジョンを攻略した方が早いか。


 カルメ国は北国で冬は雪に閉ざされてしまう地域だが、小さめのダンジョンが点在するおかげで、そこそこ発展している地域だった。

 出来れば冬が来る前にホワイトタイガーに会っておきたいのだが……。


『カルメ国北寄りの山のどこか。移動しているかもしれんが、国内にはいるだろ』


 そんなイディオスからの大雑把過ぎる情報しかないため、夏の今から頑張って旅しているワケだ。

 雪で真っ白な山の中で真っ白保護色のホワイトタイガーを探したくはない。何の罰ゲームだ。

 魔力の濃い所、集まる所、というのは前提条件なワケだが、山の方はそういった場所も割と多く……。

 コアたちが他の神獣情報を掴めば、そちらを先にしよう。


【アル、今いいか?】


 十時過ぎ。通信バングルから連絡が入った。ダンからだ。


「おう、いいぞ」


 シヴァは読んでいた本を閉じる。急ぎじゃなさそうだが、雑談ではないだろう。


【明日、護衛依頼でアリョーシャを離れることになった。行き先はパラゴ。お前は今、どこにいる?】


「カルメ国上空」


【…とんでもなく遠い国に行ってるな。って、よく通じてるな?このバングル】


「おう、こっちで魔力注いでる。さすがに遠距離だとな。で、拠点移すって話?」


【ああ。またアリョーシャには行くけどな。しばらくはパラゴで。イディオス様はどうしてる?会ってるのか?】


「ああ、元気だよ。神獣だから寒暖はあんまり関係ないらしく、夏バテもなし。…あ、夏バテと言えば、ダン、今どこ?まだ宿?」


【宿。何だかんだと増えた荷物の整理ついでに、アルに連絡したワケだ。それがどうした?】


「机の前にいて、机の上、見といて。通信バングル経由で美味しいもんを転送する」


 通信バングルのおかげで転送出来ますよ、という建前だ。

 実は単にシヴァの空間魔法で通信バングルは目印なだけだった。転移魔法は出来るだけ知らない方がいいので。

 昨日、作ったうな重特上五人前を転送した。

 すぐ食べなくてもダンとボルグのマジックバッグも時間停止だ。


【届いたが、何?箱に入ってるのか?】


「『重箱』って言う元の世界の食品容器。おめでたい時でも使うからちょっと豪華なデザイン。その料理は『うな重』って言って夏バテしないようにも食べる栄養があって美味しい食べ物。昨日、ヒマリア国のミマスダンジョンで手に入れてさ。元の世界のものよりでかいんだけど、より美味しいし」


【おお~。何かすごく美味そうだな。みんなで昼にいただこう】


「おう、心して食ってくれ。多分、まだおれしか手に入らねぇ」


 ダンジョンに出て来るものは、この世界のどこかにあるもの、というのが前提だ。

 なので、うなぎが川や海で生息しているにしても、見た目からして食用にしている、とはちょっと思えないし、血に毒があるから、よく焼かないとならないのに、適当に火を通しただけでは『食べられない』認定されているだろう。

 日本でも長いことそんな扱いだった。


【そんな貴重なものをいいのか?】


「おう。おれなら狩り放題なワケだ。元々送るつもりで作り置きしといたものだしな」


【では、有り難く。…じゃ、魔力を使わせてるのも何だし、これで。またな】


「おう。また」


 ダンたちはパラゴか。

 アルはラーヤナ国にいることになっているので、適当な所でエイブル国に戻っておくか。

 ダンたちが到着した頃にでも。

 暑いが、スッポン鍋がやりたい。

 スッポンはこの世界で食べられているのだろうか?

 蛇もトカゲも食べるのだから、食べてそうだが、問題はスッポンは普通に凶暴なことで。

 『スッポンのように離れない』などと使うように食い付いたら本当に離れないのだ。魔物になったスッポンなら尚更だろう。


 その後も何の変化もない『ごろ寝旅』がしばらく続いたが、街道にぶつかったらしく、探知範囲に人の気配を捉えた。

 ただそれだけで、盗賊や魔物に襲われているワケでもない。

 ここまで来ると旅人の服装が少し変わって来ていた。

 北の国は夏でも過し易い気温なこともあり、全員長袖。

 そして、朝夕は冷えるらしく、すぐ出せる所に毛布を置いている。売りに行く荷物も毛皮の類いが多いようだ。早目に冬支度か。


 へーと思いながらシヴァは隠蔽騎竜で通り過ぎる。街はまだまだ先だ。

 更に進むと、山の中に入り、高度を上げた時、ちらっと視界に映ったものがあったので、そこまで騎竜を戻した。


【スカーレットピアー・洋梨。もう少し追熟させた方がジューシーで甘い】


「やっぱ梨だった!」


 鮮やかな赤だが、野生の洋梨だった。

 まだ少し早いようだが、追熟させようと、六個穫った。

 使い途のなかった時間停止じゃないマジックバッグに入れておく。

 …待てよ?


『キーコ、果物や食品の追熟が出来るマジックバッグって作成可能か?』


【可能ですが、一時間程お時間頂きます。どのぐらい時間を早めるか、調節も出来た方がよろしいですよね?】


『そう。さすがキーコ、よろしく』


【お任せ下さい。…マスター、ミマスダンジョンソロ攻略、おめでとうございます】


 そういえば、攻略した後、初めて話すか。知っているのはミーコが連絡を取ったからだろう。

 それにしても時間経過を早めるマジックバッグ、やはり、出来るのか。

 年代物っぽいワインを出してくれたことがあったので、そうだろうな、とは思っていたが。

 これで自分で追熟や熟成や発酵具合を調整出来る。


 では、もう少し洋梨を穫っておこう。

 果実酒を作るのもいい。


 しかし、これでは余っているマジックバッグの使い途がやはりないワケで。元々死蔵しているものなので、仕方ないか。

 シヴァは再び騎竜での『ごろ寝旅』を続けた。


 ほとんど揺れない騎竜の上でも、細かい作業には向かない。

 そのため、繊細な作業が必要となる魔法陣関係はダメ。

 無風状態に出来るとはいえ、粉物を広げるのは気を使うのでダメ。土鍋でご飯を炊くのはいい。

 土鍋がいいのならスッポン鍋のアク取りぐらいは出来る。

 もちろん、防臭結界を張ってから。


 ドラゴン肉はまだ手付かずだ。

 ワイバーンの肉がたっぷりあることもあるが、ワイバーンの肉があれ程のものだと、ドラゴン肉も落ち着いて食べたいのもあって。


 先日、ダンジョン温泉にこもっている時に、オーブンは作った。

 『少し温かい服』の完成品で温度調節が出来る魔法陣を作ることが出来たため、それを応用してもっと高温で調節出来る魔法陣を作り、温度を保つ箱を作り、オーブを使ったもっとたくさん貯蔵出来る新・魔力貯蔵タンクと繋げた画期的なオーブンである。


 コストを度外視しているので、売りに出せはしないが、この新・魔力貯蔵タンクはバイクにも取り付けたため、より長時間可動を可能にしたのだ!


 色んなレアアイテムを手に入れ、どんどん改良して行く。

 これ程、楽しいことはない。


 それはともかく、オーブンはディメンションハウス内に設置したので、使うのなら騎竜を一旦止めてオーブンに肉や食材を入れて来ないとならない。オーブンを持って来ることも出来るが、今は土鍋が並んでるワケで。どうせなら、とあれもこれも同時にやろうとするのがダメなのか。


 時間はたっぷりあるので、まったり料理しよう。

 他の煮込み料理もいい。煮豚とか角煮とかサムゲタンとか。

 圧力鍋も欲しい…と思った所で、重力魔法で似たようなことが出来ることに気付いた。魔法はしみじみと便利だ。


 昼は当然スッポン鍋。

 野菜もたっぷり入れて煮たのでとろとろ。

 昆布出汁だけだが、スッポンからものすごくいいダシが出ている。塩の調整程度でいい。

 あまりの美味しさにシヴァは、思わず、マップを出して【冒険の書】に切り替え、38階のスッポンの現在状況をチェックした。

 ついでに、24階のうなぎも。

 どちらももうリポップしているので、食休みした後、狩りに行こう!


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新作*「番外編06 真に恐ろしいお菓子」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330658456626931

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