114 『種も仕掛けもありません』

 受付の後、シヴァは食堂のカウンターに行って厨房に声をかけた。


「宴会を頼みたい。今日、六時半から飲み放題、食べ放題、誰でも参加オッケイで。支払いはここのギルドマスターだ」


「ギルマスが?何の祝いだ?」


「おれのランクアップ祝い。Sランクだ」


「え、えすぅ?S??」


「食材が足りなければ、出してやる。今日の午前中、ダンジョンに行って来たばかりだから、肉も魚も出せる。氷も提供出来る。どこに出す?」


「あーじゃ、こっちに。すんませんねぇ」


 食材も氷も出す、となると対応がまったく違った。

 食料貯蔵庫に案内されたので、うさぎ、鹿、山羊、牛、羊、オーク、と様々な肉をたっぷり提供してやった。

 魚は傷み易いから寸前の方がいい、とのことで後回しで。

 時間停止じゃなくても、マジックバッグの中の方が日が当たらず、気温も高くないので、外よりは保つのだ。

 まぁ、売らない食材はすべて時間停止の空間収納に入れてるので、まったく関係ないワケだが。


 その後、シヴァは当初の目的だった買取カウンターの担当者と共に倉庫へ行き、売る素材をたっぷり出した。

 キエンダンジョン産の物もあるので。査定と計算に一時間ぐらいかかるとのことで、引換票をもらってから市場に行くことにした。


 ここは一つ気前のいい所を見せた方が評判も上がるし、シヴァの知名度も上がるだろう、それに、たまには経済を回さないと、と酒を買いに来たのだ。

 …と歩いて来た所でふと気付き、物陰に入って転移。

 キエンのダンジョンコアルームだ。


 あまりに殺風景は淋しい、とシヴァが監修して、壁を壁紙風、ソファーセットとオーディオセットを置いた。

 本棚も周囲にある…とオシャレなリビングルームのようになっている。ソファーはシヴァ作だ。コアも分析して作れるようになっている。


「おれ、Sランクに昇格したんで宴会することになった。コア、一般的な酒って作れる?」


【可能です。昇格おめでとうございます。しかし、一般的な、と言うと、多く出回ってる物ということでしょうか?】


「だな。それにちょっと味をよくして、おれに味見させて」


 ちょっとなら誤差の範囲。美味し過ぎる酒は気軽に人に振る舞うものじゃない。


【分かりました。どうぞ】


 タイムラグがほとんどなく、テーブルに出て来る。

 シヴァは小さいグラスに入ったシードルを少し舐める。


「あーうん。微妙な所だな。ま、飲めれば何でもいいだろ。樽で出して、五樽」


【はい、どうぞ】


「ありがとう」


 シヴァはさっさと収納して次の物を頼む。


「次はまぁまぁ美味しいワイン。味見程度」


【はい。…何故、微妙なオーダーなんですか?】


 また小さいグラスに少しのワインが出て来た。

 シヴァは香りを確かめてから、少し飲む。

 うむ、まぁまぁ。オーダー通りだ。


「美味し過ぎる物は奪い合いになるから。酒が入ると余計にな」


【なるほど。勉強になりました】


 そうやって宴会に提供する酒類と野菜を揃え、自分用にちゃんと美味しい酒もゲットしてから、イディオスに連絡してみた。


「よ。おれ、シヴァ。今、いい?」


 シヴァも念話でいいのだが、通話となると普通に話したいもので。


『いいぞ。どうした?』


「Sランクにランクアップした。で、アリョーシャの冒険者ギルド内に食堂あっただろ。あそこ、酒場兼用で今日の六時半から宴会やるんだよ。ギルマスの奢りで。イディオスも来ない?ってお誘い」


『ギルドに関係ない我も行っていいのか?』


「全然いいって。おれの友達だし、称号付いてたし。…あ、ありがとな」


『いや、我は何もしとらんぞ。そうか、称号が付いたのか。長い付き合いになりそうだな』


「え、そんな効果あったっけ?」


『称号は関係ない。シヴァのように破格に強くなるまでステータスを上げれば、普通に年を重ねられるわけがなかろう』


「…そうなんだ?初めて知る衝撃の事実」


【お話中すみません。マスターの寿命については解析が出来ております。全盛期だけでもざっと500年はあるかと】


 コアが口を挟み、そんなことを教えてくれる。


「何でそんな解析してるんだよ?何で?唾液?」


 飲み物貰って飲んだ後、片付けといて、ということもあったワケで。


【はい。尊敬出来るマスターには長生きして欲しいですから】


『同感。シヴァといると何かと規格外で驚かせられるが、面白いしな』


「でも、おれ、いずれは元の世界に帰るつもりなんだけど。超可愛い奥さんがいるし」


 シヴァは既に妻と寿命の長さが違ってしまっている、ということか。

 外見や規格外の能力封じは魔法でどうにかなるにしても、元の世界に帰るより、妻を連れて来た方が生き易いかもしれない。

 まぁ、まだ帰還方法も召喚方法も全然見付かってないワケだが。


『…結婚していたのか。それはさぞ心配してるだろうな』


「いや、まだ気付いてないかも。こっちと時間の流れが違うと思うんだって。こういった話の定番でさ。…まぁ、それはともかく。イディオス、転移で移動する?騎竜?どっちでもいいぞ。騎竜も速いし」


『では、騎竜で。移動は明るいうちがいいだろう?何時にする?』


「じゃ、今からで。市場でも買い物したいし。そっちに転移するよ」


『待ってる』


 通話を終了し、コアにも挨拶してからシヴァはイディオスの所へ転移した。


 ******


「……シヴァ。酒も肉も魚も用意し過ぎじゃないか?」


 ツッコミを入れたのは割と常識人のダンだ。


「足りないよりはいいかと」


 料理もたっぷりあるタダ酒を逃す奴らは滅多にいない。

 ギルド併設の食堂は大賑わいでテーブルと椅子と食器が足りなくなり、飲食スペースはまだ広げられるし、料理もまだまだたっぷりあるので、急遽、土魔法得意チームが結成され、テーブルと椅子と食器を追加したぐらいだった。こういった時のノリはかなりいい。


 そして、飲み食いするだけでは、と宴会芸をやり出し、魔法が使える人たちの芸なので、それって魔法じゃ…とツッコミが入るのも面白かった。


 ボルグが調子に乗って【チェンジ】を使って、手品を見せたりもした。手品、あるんだ。魔法があるのに、とちょっと不思議だが、おそらく、過去の転生者、転移者が教えたのだろう。

 正に『種も仕掛けもありません』だ。魔法だし。


「Sランク、おめでとーっ!かんぱーい」


「かんぱーい」


「ダンジョン攻略、おめーとー」


「かんぱーい」


「金持ちバンザイ!かんぱーい」


「かんぱーい」


「今日の酒はおいしーですぅ!」


「かんぱーい!」


「いえ~」


 …そんなノリでいきなり乾杯三唱が始まったりする。立派な酔っぱらいたちだ。

 気持ちよく楽しんでもらいたいので、シヴァは悪い酔いや変な絡みをしている奴らにさり気なく【キュア】をかけて行く。


 それにしても、キエンのダンジョンには、どんな魔物がいて、どんな攻撃をして来て、どうやって倒して行ったのか、どんなドロップが出るのか、と訊いて来る奴らは予想外にいない。

 遠いからしばらく行くこともない、と思っているのだろうが、もう少し興味津々かと思っていた。


 冒険者の素性を詮索するのは無粋だし、ヘタに詮索するとトラブルになる、という考えの人が多いのは知っているが。

 冒険者登録して一日目でキエンダンジョンソロ攻略。

 それから数日後、アリョーシャダンジョンソロ攻略。

 一気にSランクに、と我ながらツッコミどころが満載だと思うのだが。


『くはははははっ!楽しいなぁっ!』


 予想外なのはイディオスもで、宴会芸にもノリノリに参加していたことだ。

 大きくも小さくもなれるのも見せたり、わさわさもふられたり、暴れ馬に乗るロデオのように、暴れ神獣で人を乗せて、


『五分間、我の背中から振り落とされなかったら加護をやろう』


と普通に全般向けの念話で話していたりもして…なのに、誰もツッコミを入れない。

 人語を理解する賢い魔獣、とでも思ってるのか、神獣だと気付いても敢えてスルーしているのか、楽しければいっか、なのか。

 …最後が一番ありそうだ。


 いいのか?いいのか?と神獣だと知っているダンとボルグがヒヤヒヤしていたりもした。

 イディオスがいいのなら、いいだろう。

 宴会なので、シヴァもフル装備ではなく、大剣、投げナイフ類は収納していた。


「なーなーシヴァ様って、ダンたちと仲いいじゃん?前からの知り合い?」


 この宴会で『様付け』が定着してしまったのも予想外だった。

 別に強要してないし、やめろとも言ってるのだが、酔っぱらいには何を言っても、で。


「少し前からだな。イディオスのもふもふ具合が気になって近付いて来たワケだ」


「あーイディオス様な~あれは反則なもふもふ」


 イディオスも一応は様付けされていた。


「もふもふ!」


「ふさふさふわふわわさわさもふもふ!」


「イディオス様のせいで、スリーピングシープに抱きつきそうで怖い今日この頃~」


「あれは結構ごわごわだぞ~」


「ジャンピングゴートならっ!」


「振り落とされるだろ~」


「かんぱーい!」


「かんぱーい!」


 …と乾杯三昧が始まるワケだ。



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新作*「快適生活の追求者【番外編】04 「雪山なら勝てる」と妻は言った」

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