112 嘘は言わない
気が削がれたのでシヴァは20階の転移魔法陣から1階に転移し、騎竜で街へと戻った。
昨日の宿ではないが、宿の予約は朝の時点で取っていた。
せっかくなので、色々泊まってみたい。
今日は上の中ぐらいの宿屋だった。
小奇麗なのは昨日の宿屋と同じくだが、風呂付きで一階の食堂が美味しくて有名だった。泊まり客じゃなくても食堂は利用出来るので、アルも食べに来たことはあった。
噂に違わぬ味だったのでリピートなワケである。
泊まり客は高ランク冒険者より、商人の方が多い。
そろそろ早めの夕食時なので食堂は賑わっていた。
袖まくりをした白の長袖シャツに濃紺のジーンズ、小さめのウエストポーチ、カジュアルな革靴。
左腕にアミュレットに偽装した通信バングル、首には【ディメンションハウス&人工騎獣風竜のペンダント】、見える所に武器はなし、という軽装にチェンジしたシヴァが食堂に入ると、徐々に静かになって行く。
冒険者ギルドは平気だったのに何故だ?
イディオスで緩和されていたとしても、今朝も昼前の依頼達成報告も一人だったのに。
シヴァのラフな格好が問題とは思えない。周囲の人間似たり寄ったりだし、ズルズルダラダラしている服を着ている人までいるのだ。
「こ、こちらへどう、どうぞ」
男の店員が空いてるカウンター席へ案内してくれた。
今日のおすすめを聞くと「煮込みハンバーグ、玉子スープ、焼き野菜、ロールパンのセット」。
それを注文すると、周囲も徐々に賑わいを取り戻して行く。
「驚きましたな」
「ええ。驚く程、綺麗な顔立ちですから、てっきりエルフか精霊かと」
「どちらも普通のご飯は食べないって話ですし、そもそも、街中に現れるワケがありませんでしたな」
「精霊はともかく、エルフはかつて酷く迫害されておりましたから、武装もなしでこんな所にはおりません。分かってはいてもドキッとしますね」
説明、有難う。
耳がいいシヴァは魔法を使わずとも余裕で会話を拾えていたが、話してる商人たちはそれなりに距離があるので聞こえないと思っているのだろう。
皆が同じ理由じゃあるまい、と他の会話も拾ってみる。
「何かすごい派手な人だね。存在感あり過ぎっていうか」
「あんなに綺麗な顔立ちの男っているのねぇ」
「何やってる人だろう?身ごなしに隙がない感じだけど、騎士か兵士じゃなさそうだし」
「戦闘系職業だったらナイフぐらいは持ってない?何にも持ってなさそうなんだけど」
「そんなことより、服よ、服!シンプルなデザインだけど、あれ、かなり高い素材で仕立てもかなりの物よ。うっすらと上品な光り方だし」
……等々、大した理由はなかったらしい。
しかし、精霊って人間サイズのもいるんだろうか。
それにしても、うっかりしていたが、このペンダント、アリョーシャの冒険者ギルドのギルドマスターリックに見られているので、シヴァが似たようなの(騎竜ペンダントを追加したので)を着けているのはマズイ。泥棒領主や騎士たちは二度と会わないからともかく。
“シヴァ衣装”なら服で隠れるが、こういったラフな格好だと見えるワケで。今更かもしれないが、【隠蔽】魔法をかけておこう。
そして、夕食後、コアに相談するか。ペンダント自体に隠蔽付与出来るか、と。一々魔法をかけるというのも忘れそうなので。
他に見落としは、と考えて気付いた。
通信バングルも隠蔽かけないと!
まだアルの時には目撃されてないから失念していたが、これも隠蔽…時計も兼ねてるのに時間が見れなくならないか?コアなら何とかするだろうか。
…あ、でも、出来るだけ魔力チャージしておいた方がいいペンダントと違い、通信バングルはそこまで魔力が必要じゃないので、デザインが違う通信バングルをコアに作ってもらい、使い分ければいいのでは?
装備だって替えるんだし、一緒に替えるようにすれば。バングル自体はマジックアイテムとして多く、着けてる冒険者も多い。
何だ、単純なことだった、とホッとする。
もう一人を“創作”するのは中々大変だ。
満足だった夕食後。
コアに連絡を取って訊いた所、どちらもすぐ出来るとのことだったので、シヴァはキエンダンジョンコアルームへと転移し、早速、ペンダントの隠蔽付与と違うデザインの通信バングルを作ってもらった。
******
翌日、昼前。
昨日の依頼達成報告の時と同じぐらいの時間に、シヴァは冒険者ギルドに行った。
受付に行こうとする前に、
「シヴァ様!お待ちしておりました!どうぞ、奥の応接室へどうぞ!」
と待ちかねられており、他の受付嬢たちにも囲まれて、すごい勢いで案内されてしまった。ほとんど連行だ。
どうやら、確認が取れたらしい。
シヴァが座って程なく、ばたばたと走って来るギルドマスターリック、それから、副ギルドマスタートーリ。二人揃ってか。
「アリョーシャ冒険者ギルドギルドマスターのリックだ。こっちは副のトーリ。初めまして?」
何か疑っているらしい。
「初めまして。シヴァだ」
ボイスチェンジャーも衣装も装備も隠蔽も抜かりない。
アルと違い、シヴァは無表情で尊大に足を組んだまま、立ち上がって挨拶もしない。
ギルマスという地位の人間にちょっと偏見が出来ましたよ、な態度だ。
「早速だが、ギルドカードを見せてもらっていいか?」
対面に座ってすぐのリックの言葉に、シヴァは無言でギルドカードを出して渡す。
例の【チェンジ】応用でシヴァのギルドカードが入っていたウエストポーチに手も触れていない。
ちなみに、この使い方はキエンのコアも感心していたぐらいで、想定してなかったらしい。
「どこから出した?」
流せばいいのに、追求するのがリックである。
「何か関係あるのか?」
「ギルマス、話が進みませんから」
「あーコホン。確かに、キエンでの登録で日時も聞いた通り。お前がラーヤナ国キエンの街のダンジョンを攻略した、と言うのなら、何か証拠は持ってるか?」
「ダンジョンボスのヒュドラの魔石」
これは普通に空間収納からりんごぐらいの大きさのヒュドラの魔石を出し、テーブルに置く。【チェンジ】のおかげで誤魔化せていい。
「人工騎獣風竜だ」
半透明の水色の騎竜をバイクサイズで出すと、二人共息を呑んだ。
話はどこからか聞いていただろうが、見ると聞くとでは大違いである。
ドロップ品とは言ってないし、キエンダンジョンで手に入れたもの、というのは本当なので、嘘を見抜く魔法か魔道具か何か持っていたとしても反応しない。
「…本物にしか見えん…人工なのか、これが…」
「…触ってもいいだろうか?」
副ギルドマスタートーリがそう訊いて来たので、シヴァは軽く頷いた。
外観だけなら水魔法で作れないこともないからだろう。
…シヴァなら普通に乗れる竜を作れるかもしれない。
騎竜は何か違う素材で出来ているのは分かるが、シヴァですら鑑定出来ない。
「どうやったら動くんだ?」
「所有者が命じれば」
その場で騎竜を浮き上がらせると、二人共、後ろに飛び退いた。
「攻撃力はない」
コウモリ羽を羽ばたかせてから、元通り、床に降ろす。
「ただ速く飛ぶだけ」
「だけ…か」
「動力は魔力のようだが、速く飛ぶとなるとたくさん必要になるんじゃないか?」
トーリがその辺りを訊いて来る。
「多分。仕組みはよく分からん」
これも本当だ。
「これは所有者限定アイテム、ということだな?」
リックが確認を入れる。
「ああ。それで?」
「ラーヤナ国キエンの街からここまで、この騎獣?に乗って来た、ということか?」
「そうだ」
もういいだろう、とシヴァは騎竜をしまった。
「何故、この街に?」
「冒険者がダンジョンのある街に来る理由は一つだろう」
シヴァはまた一つ魔石を出し、ヒュドラの魔石と並べた。キマイラはA+魔物で魔石もSランクのヒュドラより一回り小さい。
「キマイラの魔石だ」
午前中、21階から始めて攻略して来たのである。
「……はぁ?お前が来たのは昨日…じゃない、一昨日の夕方だろ。いつそんな時間があったっ!昨日の午前中は依頼を五件受けて、夕方には宿の食堂にいたのに」
「気持ち悪い。やはり噂は本当だったのか」
「違うわっ!」
「あー失礼。プライベートに踏み込み過ぎなのは詫びよう。しかし、貴殿は目立つ。そのぐらいは自然と情報が集まってしまうんだよ。昨日の午後と今日の午前中にダンジョンに潜っていたのも知っている。そのわずかな時間でダンジョンを攻略した、とそう言うのか?」
「ああ。ドロップも出そう」
シヴァは【獣王の杖】と【ウイングマント】をチェンジで片手ずつに出し、テーブルに置いた。
【獣王の杖・レベルを上げるごとに杖特有魔法を使えるようになる】
【ウイングマント・空を飛べるマント。魔力量によって飛行時間は変わる】
…というもので、シヴァには微妙過ぎた。
なのに、天井知らずな価格が付きそうだし、そのために争いも起こりそうなので売るつもりはない。
キエンのコアにもっと使える物に改造出来ないか、訊いてみるつもりである。
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新作*「快適生活の追求者【番外編】04 「雪山なら勝てる」と妻は言った」
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