059 アリバイ作りは有意義に

 いつもの河原からバイクでアリョーシャの街のすぐ近くまで行ってから、バイクをマジックバッグにしまい、もう顔見知りになった警備兵に挨拶しながら街へ入り、冒険者ギルドへ行った。


 暇になったので依頼でも受けてみようかな、という感じで依頼ボードの前へ行く。それだけだと印象付けるのが難しいので、受付に並んだ。


「あ、アルさん、少しお久しぶりです」


「そう?毎日充実してたんでそんな気がしねぇけど。…で、聞きたいんだけど、指名依頼入ってねぇ?前の依頼主がこのぐらいの時期にまた依頼出すって言ってたんだけど」


 時期云々は嘘である。

 十四歳のウラルも十二歳のカーラも学校に通っているので、そう暇なワケじゃない。学校は魔法学校ではなく、礼儀作法や数学や歴史や領地経営といった貴族として身に付けておいた方がいい勉強だそうだ。

 大学のように必須以外は好きな教科を取る単位制なので、毎日行く必要もないらしいが。


「少々お待ち下さい」


 一応、調べてくれるらしい。

 受付嬢は台帳らしき紐でくくった書類の束をめくっていたが、それらしき依頼はなかったようだ。


「ないですね。そのために仕事を入れてないのであれば、依頼主に日時をはっきり問い合わせた方がいいかもしれません。有料になりますが、メッセンジャーを出しますか?」


 そういったサービスをやってるようだ。この際、聞いてみてもいいだろう。


「ああ、じゃ、頼む。ナバルフォール子爵令息のウラルに『カーラのお守りはしなくていいのか。依頼を出すなら日時を決めろ』と」


「はい、うけたまわりました。では、銀貨2枚になります」


 メモを取っていた受付嬢に、アルは銀貨2枚支払う。


「明日のお昼過ぎには返事を受け取って来ますので、それ以降にお越し下さい」


「分かった。じゃ、よろしくな」


「はい。また明日」


 これでアリバイはバッチリ、とはまだ言えない。

 昼休みが終わったばかりの時間にイリヤの冒険者ギルドで買取手続き、移動に十分、オークを殲滅するのに三十分ぐらい、事後処理十分、河原からアリョーシャまで五分、メッセンジャーを頼むのに五分、だいたい一時間強。

 東の森の奥だったので、オークの集落が殲滅されていた、と発見されるのは、まだまだ早い。

 用心深いギルドだと、まず戦力を集め、段取りを決め、ポーション・食料等の補給を整えて、と出かけるまでの準備にかなり時間がかかるだろう。


 アリョーシャからイリヤの街まで、馬で半日ぐらい。魔物のバトルホースやスレイプニルならもっと速い。

 安全策として、暗くなるまではアリバイ作りをしておいた方がよさそうだ。

 よし、趣味と実益を兼ねて錬金術師のセラの店に行こう。


「アル様、いらっしゃいませ。今日は何をお求めでしょうか?」


 アルがセラの店に入ると、いつも何か買ってるからか、そんなことを店員に言われてしまった。


「今日は遊びに使えそうな物はないかと思って。自分で見るから構わなくていいよ」

 面白そうな物があれば買うのだから、店員の見立ても間違ってなかったりもする。

 過去に転生者、転移者が結構いたからか、色んなテーブルゲームも結構広まっている。定番リバーシ、トランプ、チェス、人生ゲーム、ド○ジャラ、UNO、花札…等々と。

 魔物トランプはちょっと欲しい。


 色々と見て行くが、やはり、足が止まるのは家電…もとい、生活魔道具、特にキッチン魔道具だ。

 携帯用魔石コンロじゃなく、三口、オーブン付き、というフルキッチンに惹かれるが、宿暮らしの身には置き場がない。

 かといって、野外で使うのはもったいなさ過ぎる。


 現実的に考えると、魔石コンロをもう一つ、だろうか。

 温度調節機能付きで揚げ物もバッチリ、と説明が書いてあった。

 アルが最初に買ったのは一番安いシンプルな魔石コンロなので、こういった上位機種を買うのもいいかもしれない。

 ……温度調節機能?


 そうか!『少し涼しい服』の改良は、魔石コンロを参考にしてオンオフスイッチを付ければいいのか。

 そして、温かいバージョンも温度調節機能を参考にすれば、その時々で温度を調整し、低温ヤケド対策にもなるワケで。

 アルは温度調節機能付き魔石コンロと魔物トランプを購入した。


 思い付いたからには、すぐさま帰って分解して、『少し涼しい服』の改良をしたいワケだが、いかんせん、アリバイ作り中である。目撃者は出来るならば、あまり付き合いのない人たちがいいワケで。


「セラさん、時間ない?錬金術について、ちょっと相談したいことがあって」


 錬金術師のセラとなら、色々有意義な話が出来そうだ、とアルはちょっと訊いてみた。

 色んな素材も扱ってるだろうから、アルが知りたい素材の行方やなければ似たような物を知ってるだろう。


「少しお待ち下さい」


 店員はそう言い置いて訊きに行き、程なく戻って来ると、何度か通された奥の応接室に案内された。

 今日はセラの方が先に座って待っていた。挨拶もそこそこに本題に入る。


「弾力があって粘りもある素材か合成材を知らねぇ?」


「粘り、ですか。具体的にはスライムのような感じで?」


「…あっ、スライムか。使えるかも。スライムの皮を加工して水仕事に使う手袋や傘や他の物を作ってるって聞くけど、そう?」


 アルも見たことがあるかもしれないが、どれか分からない。一々鑑定しないので。


「はい。耐久力を上げるには、他の素材と合わせて錬成した方がいいですが、用途によってその素材が変わります。どういった物を作りたいのでしょうか?」


「乗り物の車輪の外側に付けたい。試作したのがこれなんだけど…」


 アルはマジックバッグから、と見せかけて空間収納から、タイヤの試作品を出した。採用した一つ前ぐらいである。


「素材は魔物の皮、でしょうか」


「硬めの毛皮とかスパイダーシルクとかスケイルアルマジロの鱗とか色々混ぜてある。弾力があり過ぎてもダメだし、粘りがないのもブレーキが利かねぇし、それなりの耐久性も欲しいし、耐熱耐寒ならもっといいし、ということで」


「…欲張り過ぎではないでしょうか」


「理想はあって当然だろ。スライムの皮ってどこで手に入るんだ?スライムでもいいけど」


 この近辺ではスライムは見かけない。


「スライムがいるのはパラゴの街…二つ先の街のダンジョンですね。スライムの皮のドロップ率が高く、そちらから輸送してこの街で商品に加工してますから、スライムの皮なら工場こうばの方で手に入りますよ」


「セラさんの所の工場じゃなくて、取引先?」


「下請けになります。こちらの店に取り寄せてもいいですよ。他ならぬ、アル様のご用命ですし。どのぐらい必要でしょう?」


「この車輪のサイズを覆えるぐらいの十倍は欲しいな」


 ちゃんと見せてから、アルは試作品をマジックバッグにしまった。


「かしこまりました。では、明日にでもご用意いたします。それで、どういった乗り物をお作りですか?」


 やはり、そこにツッコミを入れて来るか。

 馬車の車輪にしては小さく、台車の車輪にしては大きい。この世界には自転車はない。


「内緒。思い通りに作れるか分からねぇし」


「実用に耐える物、というのも難しくなりますしね。安定した動作じゃないと、壊れ易くなりますし。…それにしても、アル様、冒険者では?この所、冒険者としての活動をしていらっしゃらないようですが」


「何で知ってんの?」


「お得意様のニーズに合わせた品揃えを心がけておりますから」


 アルが色々買うし、金払いもいいからチェックしていた、ということか。


「この前買った魔法陣の本が面白くて色々研究しててさ。まぁ、モノになってないけど」


「すぐに会得出来たらいいですが、中々そういったワケにも行きませんよね。また魔法陣の本が入荷したらお知らせしましょうか?」


「ああ、よろしく。召喚関係の本はない?」


「あいにくと。使い魔が欲しいんですか?」


「召喚ってそっちなの?テイムした魔物をこちらに呼ぶ、みたいなのだと思ってたんだけど」


「そちらもございますよ。精霊召喚もありますし。アル様がお知りになりたいのは全般でしょうか?」


「何でも。知識が欲しいんだよ。田舎暮らしだったから色々と疎くて」


「地域によっても知識は偏るものですね」


 …などと、アルとセラが世間話をするうちに、店員がお茶とお茶菓子を出してくれた。


 話しているうちに日が陰って来たので、アルは宿へ帰ることにした。

 さすがにもうアリバイは大丈夫だろう。



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関連話「快適生活の追求者【番外編】01 ある日ある夫婦の会話」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330656939210248

しっかりとフラグは折ります。

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