上階の騒音クソガキを呪い殺してやる

ぶざますぎる

上階の騒音クソガキを呪い殺してやる

[1]

 先日、Twitterを通じて識り合ったAさんに誘われて、私はある怪談会に参加した。

 Aさんの友人がやっているという居酒屋を貸し切って催されたその会には、私の他、数名の参加者が居た。参加者は皆、Twitterのアカウント名を名乗っていた。

 Aさんによれば、会の参加者たちは皆、生粋の怪談マニアということで、なるほど、各々の話す怪談は確かに面白く、恐ろしかった。

 その裡、私に特別な印象を恵えた怪談がある。それを読者諸賢に紹介しようと思う。怪談が何故、私に特別な印象を恵えたのか。それについては、本稿の最後で説明しよう。


[2]

 その怪談を披露したのは中年の女性、名をヘトヘト主婦と名乗った。名の通り、彼女は疲れた顔をしていた。

 

[3]

 ――えーと、知人にマンションの管理人をしてた人がいるんだけど。名前は……仮にタナカさんってことで。

 そのタナカさんから聞いた話なんだけど。

 タナカさんが配属されてたマンションに、3人家族が越してきたんだって。

 30過ぎのお父さんお母さんと、3歳の男の子の3人家族。

 親御さんたちは感じの好い人たちで、男の子も元気一杯。

 タナカさんは子どもが好きだったから、男の子のことを、とっても可愛く思ったんだって。

 若い子連れの家族も増えたし、マンションの雰囲気も明るくなるなぁって、タナカさんは喜んだらしいの。

 その家族が引っ越してきて、3か月後くらいだったって言うんだけど、ある住人から、クレームが入ったんだって。

 あ、そうそう。3人家族は403号室に越してきたんだけど、そのクレームを入れた人は、真下の303号室の住人だったらしいの。

 303号室の人が言うには、

""上の住人の足音がうるさくてたまらない。注意してくれないか"" って。

 多分、男の子が家の中を走り回ってる音だったんじゃないかなぁ。

 タナカさんもそう思ってね、303号室の人に言ったんだって。

""403の御宅には小さなお子さんがいるから、少しくらいの音は仕方がないですよ""

 って。

 でも303号室の人は納得しなかったんだって。

 だからタナカさんも、それ以上は反論せず、話を受け取ったんだって。

 内心では、子どもが立てる音なんだから、少しくらい我慢すればいいのにって思ってたらしいけどね。

 ただ管理人っていう立場上、管理会社には報告しないといけなかったから、その日の裡に、ちゃんと報告したらしいよ。

 あ、そうそう。クレームを入れた303号室の住人はどんな人かって言うとね。30半ばの女性だったって。

 確か、その人が子どもの頃に両親が部屋を購入して、それからずっと一緒に暮らしてたらしいよ。でも数年前に両親が立て続けに亡くなったから、その頃には独りで暮らしてたらしいけど。

 普段はちゃんと挨拶もしてくれる、愛想の好い女性だったらしいんだけどね。

 それから3週間ほど経って、管理会社から、マンションの住人向けにチラシが配布されたんだって。

 騒音で困っている住人の方がいらっしゃいますので、少し気をつけてくださいって、大体そんな感じの内容。

 誰も名指ししてないし、子どもの足音って文言も入ってなかったんだって。

 まぁ、管理会社の方でも、子どもの足音なんて我慢しろよって思ってたのかもね。

 数日後に、また女性からクレームが入ったんだって。

""チラシが配布されたのは識っている。だけど上の一家は相変わらずうるさい。きっとチラシで注意されているのが自分たちだと気づいていないんだ。もっと直截的な表現で書いて欲しい。むしろ403号室を直に注意してくれ""

  タナカさんにそう言ってきたんだって。ちゃんと注意してくれないなら、私が直接、文句を言いに往くって。

 タナカさんは女性を止めたらしいよ。

 住民同士が直接やり合うのはトラブルのもとだからね。

 タナカさんは何とか女性を宥めたって。それで復、管理会社に報告したんだって。 

 そしたら3週間後くらいに、再度注意喚起のチラシが配られたらしいけど……。

 後になって復、女性がクレームを入れてきたって言うから、結局、意味は無かったみたい。

 大変なのはタナカさんだよね。

 相変わらず、女性からはクレームの突き上げがあったんだけど、段々その頻度が増していってね。

 漸漸と、女性の様子が、おかしくなってきたんだって。

 タナカさんはね、心情的には403号室の一家に味方してたんだって。

 子どもの立てる音なんだから、我慢しなさいよって。

 そう思ってたみたい。

 だけど、ある日を境に、女性からは一切のクレームが入らなくなったんだって。

 タナカさんは安心したらしいよ。

 思いやりの無い神経質なクレーマーが、やっと大人しくなってくれたんだってね。

 それ以降、タナカさんは403号室の男の子を見かける度に、

 ""好かったね。いじわるなクレーマーは大人しくなったからね。君は元気一杯に遊んでね""

  って内心、語りかけてたんだって。

 タナカさんによると、クレームが無くなってから、3週間後のことだって言ってたけど……

 その日、タナカさんがエントランスで掃除をしてると、物凄い音がしたんだって。 

 バァンって。

 何かが破裂するような、それでいて、重いものが何かに叩きつけられるような……。

 とにかく、それまでの人生では聞いたことがないような凄い音で、今でも思い返すたびに顫えちゃうような、おぞましい音だったって言うんだけど……。

 結局、何の音だったかっていうとね。クレームを入れてた女性が、屋上から飛び降りたんだって。

 でも、死ななかったみたい。

 タナカさんが駆けつけた時、呻き声をあげて地面に倒れてたんだって。

 タナカさんは直ぐに救急車を呼んだらしいけど……。

 女性は上手く脚から落ちたみたい。だから死なずに済んだのかもね。

 でもね、脚はグチャグチャになってたって。

 タナカさんは思わず吐いちゃったんだって。

 その裡、救急車が来てね。女性は病院へ運ばれて往ったらしいよ。

 それでね、後々になって判明したんだけど、女性は、大分危うい精神状態だったみたい。

 屋上から飛び降りる前にね、自分の脚に、沢山の釘を刺してたんだって。

 それこそ、釘バットみたいにね。

 そうしてから、飛び降りたらしいの。

 飛び降りを発見した時、タナカさんはパニックになってたし、脚自体グチャグチャだったから、釘のことには気づかなかったみたい。

 結局、女性は病院へ連れて往かれたきり、戻ってこなかったって。

 303号室は空き部屋になったらしいよ。

 それでね、飛び降りた時、303号室の女性は、書置きをしてたんだって。

 要約すると

 <私は一日中、部屋全体を振動させるほどの酷い足音と、子どもの金切り声に悩まされている。誰に相談しても無駄だった。管理会社や管理人たちは皆、騒音一家の味方をした。私は両親と過ごしたこの家を離れたくない。上の一家、特に騒音の主たる要因である、あの子どもが憎い。あの子どもだけは絶対に許さない>

 って書いてあったんだって。

 そうは言ってもね。この女性には気の毒だけど、共同住宅だしね。

 管理会社にしろ管理人のタナカさんにしろ、責務はちゃんと果たしてた訳だから。

 それでも、この書置きが出てきた時は、ちょっとした問題になったみたい。

 女性から裁判でも起こされるかもしれないでしょ。

 でも結局、女性は入院したきり、音沙汰無かったんだって。

 だから少し経ったら、この件については管理会社もタナカさんも、すっかり落ち着いちゃったんだって。

 タナカさんによると、そんな感じで落ち着いてきた頃らしいんだけどね。

 タナカさんがマンションの廊下を掃除してたら、マンションの中庭にある小さな公園で、403号室の母親と男の子が遊んでるのが見えたんだって。

 男の子は、母親と一緒に、赤いビニールボールで遊んでたんだって。

 タナカさんは微笑ましく思いながら、掃除を中断して、男の子が元気に遊んでるのを見てたんだって。そしたらね、凄いことになったんだけど……。

 一体何が起きたんだと思う?

 男の子の脚がね、両方とも急に破裂したの。

 バァンって物凄い音がしたんだって。

 その音っていうのがね、タナカさんによると、303号室の女の人が飛び降りた時の、あの音と同じだったんだって。

 ダルマ落としってあるでしょ。

 あれって下段が飛ばされると、上に載ってるダルマ顔が、ストンって真下に落ちるじゃない。タナカさんが言うにはね、急に両脚が破裂した男の子は、正確に言えば男の子の上半身は、ダルマみたいに、地面に落ちたんだって。ダルマ落としとは違って、男の子の上半身が地面に落ちた時には、グチャっていう音が響いたらしいけど。

 一瞬シーンとしたんだって。

 それから急に母親が金切り声を上げてね。

 それが引き金になったのか、男の子も絶叫したんだって。

 タナカさんもハっとして救急車を呼んだって。

 でも、男の子は直ぐに静かになっちゃってね。

 救急車が到着した頃には、ピクリともしなかったんだって。

 マンション中、それに管理会社でも大騒ぎになってね。

 男の子の母親も、精神的におかしくなっちゃったみたいでね。

 旦那さんと一緒に引っ越しちゃって、403号室は空き部屋になっちゃったって。

 他の住人たちもショックを受けたみたいでね。

 随分な数の人たちが引っ越しちゃったって。

 タナカさんも、マンションの管理人を辞めちゃったの。

 でね、タナカさんは、私にこの話をしてくれた時に言ったの。

 男の子の足が破裂したのは、303号室の女性の呪いなんじゃないかって。女性は自身を犠牲にして、男の子に呪いをかけたんじゃないかって。

 タナカさんは自分を責めてたよ。自分がもっと上手く対処していれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって。

 でもさ、実際に呪いのせいだったのかは判らないけどさ、怖いよね。

 だってさ、自分が呪う側だったらまだしもさ、呪われる側になるかもって考えたら怖くない?

 どれだけ気をつけたってさ、どこかで、他人からは恨まれちゃうでしょ。

 恨まれない人間、呪われない人間なんて、この世に存在しないじゃない。

 普通に暮らしてても、いつ、自分が理不尽な呪いをかけられるか、判ったもんじゃないでしょ。


[4]

 以上が、ヘトヘト主婦の語った内容である。

 さてここで、冒頭にて読者諸賢とした約束を果たそうと思う。

 この怪談が ""私に特別な印象を恵えた"" 理由、その説明である。

 私も過日、共同住宅での騒音問題に悩まされ、ノイローゼになった。

 その騒音の原因は、子どもであった。

 私もこの怪談に出てきた303号室の女性のように、管理会社へクレームを入れた。そして同じく、何の解決にもならなかった。

 死ね。

 私は、子どもを呪った。

 子どもだけじゃない、ガキをロクに躾しない馬鹿親ども、おまえらも、死ね。

 転帰、私を悩ませたその一家はある日、外出先で事故死して、2度と帰ってこなかった。

 聞いた処では、どうやら家族そろって母親の実家へ帰省した際の事故だったようだ。

 家族の死を、私が呪った結果だとは言わない。

 それはいくら何でも思い上がり甚だしい。

 併し……

 ひょっとしたら、そう思う気持ちも、無いではない。

 そうした自意識に気づく時、私は「人を呪わば穴二つ」 という文句を思い出して、少しく怯える。

 死んだ一家に対する同情、呪ったことへの悔恨や罪悪感の類は一切無い。

 連中は、私にとって敵でしかなかった。

 死ねばみな仏、それは嘘だ。

 敵のためには祈らない、それは嘘だからだ。

 現在、当の部屋からは私も越してしまったが、やつらに対する悪感情は未だに残っている。

 そして、やつらの死に対し、私は今でも

「ざまあみろ」

 と思っている。

 その点、私はこの怪談に出てきた、303号室の女性に同情する。

 そして最終的に敵を倒し、勝利を掴んだ彼女のことを、衷心より讃える。


<了>

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