パーフェクトプラン
その男は名をシャッチモーニと言って、ノーム族としてはまだ若い実年齢五十七歳の青年であった。職業は旅の画商であると自称しているが、本当のところを言えば、贋作画家こそが彼の本業である。
さて、シャッチモーニも当然、職業的な情報のツテというものがあったから、かなり早い段階で『神の不在証明』に関する噂を聞きつけ、また当然の如くそこにビジネスチャンスを見出した。
ところで、古い絵を贋造するにはそれなりの手続きというものがある。いきなり画材屋で真新しいキャンバスを買ってきて、そこにドン風の宗教画を描いてみせたというだけでは、よほど絵心のない素人しか騙せない程度の安っぽい贋作しか作れないし、そんなのはシャッチモーニの是とするところではなかった。
そこでシャッチモーニは、まず実際のドンの時代の本物のキャンバスと、額縁を手に入れようと考えた。贋作画商であるから、そういうものを商っている店に心当たりはもちろんある。馴染みの店の店主に声をかけ、何でもいいからなるべく古そうな額縁を全部出してきてくれ、と言った。その中からドンの時代の額縁を選び出すというだけでちょいとした難事なのであるが、シャッチモーニはそれをやってのけ、二枚の額縁を選び出し、銀貨三十五枚を支払って店を出た。
さて、首尾よく狙った通りの品が手には入ったが、このままではあんまりにも汚い。額縁とキャンバスが必要なだけだとはいえ、まずは清拭をしなければならない。とりあえず、シャッチモーニは二枚のうちでより汚い方、つまり煤で汚れたキャンバスの一部に、唾をつけて擦ってみた。すると、下からは意外と状態のいい、絵具の層が現れた。はて、とシャッチモーニは思った。その筆遣いには見覚えがあった。シャッチモーニは今までに十一枚ものドンの贋作を手掛けているから、本物のドンの作品もそれなりに鑑賞しているわけだが、その本物のドンの筆遣いに、その汚れた絵はそっくりなのである。
これは何だろう、よくできたドンの複製画だろうか、とシャッチモーニは思い、自らの手で修復作業を行うことにした。専門の修復師に依頼すれば金がかかるし、そこから贋作の足が付く危険もあるから、仕方ない。そう思ったのだが。
三時間ほど経って、シャッチモーニは既に足の震えを止めることができなくなっていた。慎重な、本当に慎重な、彼の贋作絵師としての生涯でも過去に一度もないほどの精緻を極める作業の結果として、汚れた額縁に張られていたのは、本物のドンの油絵で、しかも既知の三十七作品のどれとも合致しない内容の作品であることが彼の手で明らかになった。
シャッチモーニは悩んだ。この絵を、どうするべきか。額縁ごと買ってきたのだから、自分のものである。だが、自分は贋作画家であり、美術家としての信用は無いに等しい。この自分がこれを発見したと宣言して、いったい誰が信じる?
シャッチモーニは嘆息し、その絵を丁寧に丁寧に梱包して、自分の使っている倉庫に仕舞い込んだ。そして、もう一枚のキャンバスの方を持ってきて、そこに、本物とは似ても似つくことのない、彼自身のオリジナル作品としての、贋作『神の不在証明』を描き始めた。
その贋作は、それなりの値段で売れた。その金を使い、シャッチモーニは本物の『神の不在証明』を銀行に預けた。そして公署役場に自分の遺言状を持ち込み、「自分の死後、銀行にある絵画を、信頼のおける画商に持ち込んで、鑑定を受けさせるべきこと」を言い遺したのであった。
シャッチモーニはそれから百二十と三年生き、老いて死んだ。その頃には、ドンの幻の三十八枚目は既にどこにも現存しないものと、誰もが信じるようになっていた。
ドッキリテクスチャー きょうじゅ @Fake_Proffesor
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