第4話

 んんぎゃあああって、駆け込んだ昨日以上の勢いで私は折部おりべに泣きついた。


「聞いて、あの催眠アプリがぁっ!!!」


 事のあらましと説明すると、折部は言葉を失いしばらく固まっていた。

 催眠アプリの誤操作で、私はうっかり自分を『百合』にしてしまった。催眠なんてあるわけないと気にしていなかったけれど、大嫌いでストレスの根源だったはずの志々原凜々花ししはら りりか相手に、服を脱がしたりキスしたりと大暴れしてしまったのだ。


「冗談じゃないんだよね?」

「私、先ほどファーストキッスを失ってきますけど? 冗談で済みます?」

「え、いやその……大変だったね?」


 慰めのつもりなのか、クッキーの盛られたお皿をこちらへ寄せてくる。何枚かつかんで口に放り込んだけど、まだ唇や舌に妙な感触が残っていた。味が全然わからない。


「あれ、アプリが」

「ちょっとっ!! それ本物なんだから下手に触らないでって!!」

「んー、そもそも起動できなくなってる。エラー出て直ぐ終了になっちゃって」

「え」


 私の奇行は催眠アプリが原因だったと、どうにか志々原にわかってもらえれば許されるのではないか。もしくは催眠アプリで志々原の記憶とか消せないだろうか――と淡い期待を寄せていた私は、起動しなくなったアプリを見て呆然とした。


「大丈夫、幸坂こうさか? ……転校する?」

「いや、転校はさすがに……」

「じゃあ今度こそ先生に相談?」

「私が怒られるよ……」


 催眠アプリなんて信じてもらえるわけがない。仮に信じてもらえたとして、私が加害者側なことには変わりない。

 むしろこうしている間も、志々原が教師や――下手したら警察にさっきのことを相談している可能性まである。

 やっぱり転校するしかないのかな。


「……ギャルなら、それくらいのこと日常茶飯事なんじゃない? 志々原さんもそこまで気にしてないかもよ」

「そ、そうだよねっ! 志々原なら私と違ってキスの経験なんていくらでもあるだろうし!」


 苦し紛れで慰めてくれているとはわかっているのだが、私は全力で折部に同意した。自分をそう言い聞かせて納得しないと、本当に不登校となってしまいそうだったから。

 ため息をついたけれど、壁紙のイケメンは私を助けてくれそうにない。顔だけだな、やっぱり薄っぺら人間は好みじゃないみたいだ。



   ◆◇◆◇◆◇



 それも今日くらい、サボればよかったと後悔する。今度は登校して早々、志々原に呼び出された。


「人、いないとこで話したいんだけど」

「話って、二人で……?」

「うん」


 彼女の言葉を信じるなら、ギャル仲間達で私を囲んで報復する――ということではないらしい。それでも昨日のことが用件なのは間違いないし、一対一でも志々原に勝てる気はしなかった。

 行きたくないけど、断ってもクラスメイト相手にいつまでも逃げられるわけじゃない。ただでさえ向こうはカースト頂点のギャルで、私は隅っこの大人しい女子なのだ。昨日のやらかし――弱みを握られている以上、従うしかないだろう。

 ――よし、全力で謝ろう。この際、土下座でも、靴舐めるでもして許してもらおう。催眠にかかっていたとはいえ、悪いのは私なんだ。今まで散々ウザ女のせいでストレスためてたって言っても、無理矢理キスするなんて許されることじゃない。

 覚悟を決めて、空き教室へ入る。こんなとこあったんだ、ギャル達のたまり場なのかな。

 しばらく、志々原が黙って立っている。私は先に膝をつけて、正座しようかと悩んでいた。


「昨日の、そういうことでいいんだよね?」

「あ、あの、昨日さくじつは大変失礼なことをしてしまいまして……」

「幸坂、アタシと付き合うってことだな!?」

「へ? え? 付き合う?」


 どういう意味かわからず、私は間抜けな声を出してしまった。


「だって、恋人でもないのに、キスとかありえないし」

「え、キス? 恋人?」

「はぁっ!? 幸坂、まさかアタシにキスしたこと忘れたんじゃねーよね!?」

「忘れてはないけど……」


 つかみかかってきそうな彼女の勢いに、正直に答えてしまった。忘れた、なんにも覚えてないって言えばよかったかもしれない。


「……じゃあ、アタシと付き合うんだよな?」

「え、私と志々原が?」

「そうでしょ? ……なに? 幸坂、アタシに無理矢理キスして、まさか付き合いたくないって言わないよね?」

「いやだって、えっ!? 志々原は私と付き合いたいわけ!?」


 もっと言い返すことがあった気がしたけれど、状況がまだ飲み込めていないせいでそんなことを聞いてしまった。いやいや、付き合いたいわけないよね、志々原みたいなカースト頂点のギャルが、私みたいなオタクと。


「……うん、アタシは、前から幸坂のこと好きだったし」


 けれど志々原は真っ赤顔で、私が全くもって予想していなかったことを言う。なんだって? 前から?


「ま、待って、じゃあ今まで私に嫌がらせしてたのは、好きな子をいじめたくなるアレっ!? 志々原、そんな小学生みたいなことしてたのっ!?」

「嫌がらせってなに? そんなことしてないんだけど」

「いやだって……」

「それより、付き合うんだよね? はっきり言って、アタシ、そこはうやむやにしたくないんだけど」


 そんなこと言われても、今の私はもうすっかり催眠アプリの効果が切れている。

 だから志々原がいくら美人だからって、いつものようにウザ女としか思えない――はずなんだけど。


 ――いやいやいやっ、恋人じゃないのにキスとかありえないって、イメージと違って純情過ぎないっ!?


「もしかしてさ、キス、初めてだった?」

「はぁっ!? 幸坂、へっ、変なこと聞くなっ!!」

「……付き合うなら、そういうの大事かなって」

「…………初めてだけど、幸坂は? …………手慣れてたけど、もしかして」


 綺麗な顔を真っ赤にして、唇を尖らせる彼女がどうしてかやっぱり可愛く見えてしまう。

 私の返事を不安げに待つ彼女へ、抱きつきたくなってしまう。


「……付き合おっか」



   FIN.


 ―――――――――――――――

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 レビューでの評価や、感想を伝えていただけますと創作の励みとさせていただきます! 他にも百合小説をたくさん投稿していますので、よかったら読んでくださりますと小躍りします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カースト頂点のギャルに激おこだったけど、百合になる暗示がかかってから可愛くて仕方ない 最宮みはや @mihayasaimiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ