シクラメン

碧川亜理沙

シクラメン


 昔むかし、あるところにごくごく平凡で、なんの取り柄もないような女がおりました。


 親は、その土地では割と名の知れた富豪で、女には兄が2人と姉が1人、そして弟と妹が1人ずついました。

 親兄弟ともに見目は良く、また1番上の兄と妹は、とても器量がよいと有名でした。

 そんな兄弟の真ん中に生まれた彼女は、あまりにも平々凡々な存在でした。


 そのせいか、女は特に、姉と弟から軽んじられていました。

 そして、女自身も、いつしかそれが当たり前となってしまいました。


 女が物心着く頃から、優秀な兄や姉と比べられ、妹や弟ができてからは、姉なのにそんなこともできないのかと罵られてしまいます。

 まわりの兄弟がいただくものを、女は貰うことすらできないことの方が多かったのです。

 いつしか女は、自分に与えられるものはない。そう思い、自分から何事も断りを入れるようになっていきました。


 そのせいか、兄弟だけでなく、村全体にもその雰囲気は浸透していき、いつも「すみません」と言うものだから、回りから謝り人形と揶揄されておりました。



 * * * * *



 そんな女も、そろそろ嫁ぎ先をみつける年頃となってきました。

 しかし、女のことを知っている人たちからすると、有名な家の名を持っていても、彼女を娶りたいと思う男はおりません。

 女兄弟たちが嫁いでいく中、女はますます肩身の狭い思いをしていったのでした。


 とある日、女の家はたちまち慌ただしくなりました。

 なんと、女をぜひ娶りたいという者が現れたというのです。

 その男は、数年ほど前にその土地へやって来た、中堅の家の出の者でした。

 見目麗しき、とは言えないけれども、相対するとその優しげな雰囲気が周囲の人たちにとって、とても好印象を残しておりました。




 家同士の顔合わせ。

 女の両親は、何度も何度もこの娘で良いのかと男に尋ねました。男の家族も、問題ないと答えます。

 料理が一通り落ち着いた頃、男は少し2人きりで話したいと、女を店の庭へと誘いました。


 女にとっては、この縁談はとても良いものだと思いました。

 年齢的にも、今この縁談を逃せば、いつ結婚できるのか分からないからです。それに何より、自分のことを卑下しない、男自身に好印象を抱いたからというのもあります。

 2人きりだったからか、彼らは思っていたよりもゆっくりと話をすることができました。女にとっては、このように穏やかに会話を楽しむなんて、はじめてと言っても過言ではなかったのです。

 しかし、今までの境遇は、身体に染み付いており、褒められたりするとすぐに萎縮してしまうのでした。




 2人の縁談話はとんとんと進み、女は男の家へと嫁いで行きました。

 男の家族は、女を快く受け入れ、家の事について早くなれて貰えるよう、いろいろと教えてくれました。

 女も次第に慣れてきたのか、家族全員で穏やかに笑い合う日がだんだんと増えていきました。


 けれども、どうしてこの幸せが長続きしないのでしょうか。

 結婚してからしばらくたち、女にもおめでたの報せがあったばかりの頃、今までほとんど音沙汰のなかった女の家の者たちが接触してくるようになりました。


 主に、女の姉と弟は、しきりによく女に会いに来るようになりました。

 何をするという訳もなく、ただただ話をしているだけのようです。

 ただ、男やその身内が同席している時と、女が1人で相対している時とでは、その話の毒々しさが異なったようですが。


 女にとって、それはやはり精神的にも来るものだったのでしょう。

 日に日に弱る女に、男は彼らに家に来ることを禁じました。

 彼らは渋々と言った感じで、その要求を受け取りました。


 それからは、今までと変わらない、平穏な日々が続いていきました。

 それなのに、女の容態は、あまりよくなりません。

 何とか元気づけようと家のものたちがあれやこれやと手を尽くしましたが、女は申し訳なさそうにして、弱々しく微笑むだけでした。



 数ヶ月後、女は何とか無事、元気な男児を産むことができました。

 女も男も、元気に泣く赤ん坊を抱き、健やかに、強かに成長していって欲しいと願いました。


 それから、赤ん坊は順調に成長していきました。

 しかしその反面、女の容態は次第に悪化していきました。

 時折、女の家の者たちが見舞いと称して訪れていたこともまた、女の精神的なところに作用したのでしょう。

 どれだけ女の家のものたちと接触をしないよう計らい、男が親身に女に寄り添っても、女の体調が戻ることはありませんでした。


 赤ん坊が1歳を迎える数日前に、とうとう女は息を引き取ってしまいました。





 男は、我が子を抱きながら、女の死を嘆きました。

 つい先程、女の生家の者たちと相対していましたが、さして悲しむこともなく、淡々と事務的に手続きを済ましていきました。


 血が繋がった家族であろう、悲しくないのか。


 男はつい、そう問うていました。

 しかし、彼らはさも当たり前のように答えました。


 家の名を持ちながら、役に立たない人間に、何の興味を持てば良いのか。




 だんだんと日が落ちてきて、部屋の中が薄暗くなり始めてきました。

 お腹でもすいたのか、腕の中の赤ん坊がぐずり始めました。


 男は悲しみ続けている中で、だんだんと、憤りを感じ始めていました。


 何故彼女は、このような目にあわなければならなかったのか。


 女の生家の者たちへの負の感情が、静かに増していきます。

 そして男は、抱く我が子を抱きしめながら、決意しました。



 女の生家の者たちを、地に堕としてしまおう、と──。



 * * * * *




 ここからの物語は、数十年の時間をかけて、実にあっけなく、そして男の望み通りに進んでいきました。


 ただ男にとって予想外だったのは、彼の息子もこの計画に参加してきたこと。そして、女の1番上の兄──投手となった彼の息子も、この話に乗ってきたことでした。

 ある意味自分勝手な、きっと女も望みはしなかっただろう道を進み続けるその中に、息子たちを巻き込むつもりはありませんでした。けれど、彼らがいてくれたからこそ、望む結末を迎えられたといっても過言ではありません。




 こうして、長年その土地で富を築いてきた一家の名は、次第に地に堕ち、やがて絶えてゆきました。

 その家の者たちが、どこへ行き、何をしているのか、それを気にするものもおりません。


 己の望みを果たした男は、その後、息子や家族とともにその土地を離れ、別の土地で事業を興し、家族全員で穏やかに暮らしました。



 * * * * *



 これは、とある土地に住む、とある女の物語でした。

 ……いや、それとも、妻を亡くした男が、生前の妻の不憫さを哀れんだ為に、女のために──と思い込んでいた男自身のために、復讐を行う物語だったのかもしれません。



【完】

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シクラメン 碧川亜理沙 @blackboy2607

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