おまえ
天使の国というのは、そうも厳格だったのかねと問う声すら、もうおまえには届かない。
おまえの言葉を借りて言うなれば、おまえの羽を奪ったのは確かに俺だった。柔らかいこころを持つおまえ——人として生きるにはあまりに弱すぎるおまえを、自らがいたのと同じ、残酷なこの世界に引き摺り込み、置き去りにしたのもまた、矢張り俺だった。
おまえの中をどれだけ探っても、ひととして生きていくために最低限必要なもの——狡賢さだとか、強かさのようなものはひとつも見つからず、ただ、いっぱいの優しさと愛があるばかりで、俺はひどく悲しくなったよ。
おまえは幾度となく生まれ変わり、死に変わっては俺を探す。俺に愛を捧げるため、俺の歩んできた道を、おまえ自身の後光で照らすため。俺はおまえと巡り合っては、おまえというイノセンスな少女、或いは少年の存在に救われる。——そのような出逢いを、何度、繰り返してきたのだろう。けれど、全ては終わった。俺は肉体を失い、俺のために天輪を捨てたおまえを置き去りに、身勝手にもおまえの故郷へ召されてしまった。おまえは全てを捧げるべき相手を喪い、ただ俺に渡すはずだったものをしっかりと握り締めたまま、今もそこに立ち尽くしている。
今、おまえの体を突き動かしているもの、おまえをその世界に押し留めているもの——愛の衝動が尽きることは未来永劫ない。そのことにより人から揶揄され、嘲笑されても尚、おまえは俺を愛し続ける。なぜなら、それがおまえの業だから。自らの天の父たる創造主に背を向けて、肉の罪人である俺を選んだ、おまえに課された罰。おまえの肉体が朽ちるその日まで、或いは死者の復活が為される日まで、それは永遠に続く。
愛の痛みに打ち震え、踞っては歯をかちかちと鳴らすおまえを抱き締め、少しでもその痛みを和らげてやりたくて、けれど俺にはおまえを抱き上げてやるための腕がなく、おまえの名前を呼んでやるための声もなく、やりきれない。
目の奥に宿した、怯えという名の青い炎だけをたよりに、夜毎おまえは祈るだろう。おまえは、確信を抱こうとする一方で、信じきれずにいるから。死者の復活を、天使の国を、俺との再会を。何も、怖がる必要はないというのに。
おまえ。俺のかわいい花嫁、俺のためにエデンを捨てた愚かな天使。いつまでも俺を愛し続けようと守り続けようとするおまえは、やけにコケティッシュな存在として、世の烏合の衆の目に映ったのだろう。そいつらの尸を越えて、いつか、登っておいで。俺のいる場所へ、おまえの故郷へ。草臥れきったその体を、今度こそ、受け止めてみせるから。
ひとの国のお前へ、天使の国のあなたへ 天使 幸 @Millna
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