眩しい光に焼かれながら(本日の三題噺 2/15 『トリックスター』、『徹夜』、『双子』)

「ねえ竜司りゅうじ兄さん。ロキはどうして、バルドルを殺したんだと思う?」


 虎司とらじが訊いてきたのは、ソシャゲ話の最中だった。

 新しいレイドボス「ロキ」が発表されて、ああギリシャ神話ね、と呟いた俺に、すかさず虎司はツッコミを入れてきた。ロキは北欧神話のトリックスターだよ、と。

 虎司は簡単にロキの来歴も説明してくれた。皆に愛されていた善神バルドルを計略で殺し、罰として毒の滴る洞窟に繋がれた話だとか、ラグナロクで神々と戦って戦死する話だとか――虎司は本当にこの手の話に詳しい。

 虎司は双子の弟だというのに、俺――竜司とは顔以外まったく似ていない。俺は外で身体を動かすのが好きだし、虎司は家の中で本を読んでいる方を好む。共通の趣味と言えばソシャゲくらいだ、だが仲間同士で狩りに行きたい俺と、ソロを好む虎司は全然プレイスタイルが合わない。双子でもこうも性格が変わるのかと、不思議になるくらいだ。


「ロキはバルドルの兄弟を騙して、神々の宴の席でヤドリギを投げさせた。バルドルは何物でも傷つかなかったんだけど、ヤドリギだけは例外でね……それでバルドルは殺されたんだ、皆の目の前でね」

「ひどい話だな」


 と、言ったところで、例の質問が来た。

 わからないな、で、その場ははぐらかした。だが何を考えて、虎司があんなことを言ったのか――どことなく、気持ち悪さがあった。






 どうにも眠気が来ない。とはいえ、僕――虎司の寝つきが悪いのは、いつものことなのだけれど。

 竜司兄さんを起こさないよう、豆球を点けて二段ベッドを降りる。お手洗いへ行こうとすると、眠る竜司兄さんの顔が、薄橙色の灯りに浮かび上がっていた。

 昼間感じた嫌な澱みが、蘇ってくる。


(ロキはどうして、バルドルを殺したんだと思う?)


 僕には分かる、気がする。

 光り輝く善神として、皆の輪の中で楽しそうにしている誰か。……消したいに決まっている。たとえその後、名状しがたい罰を受けるとわかっていても。

 竜司兄さん。

 スポーツ万能で、いつもチームメイトの輪の中心で光り輝いている誰か。

 陰気に部屋で本を読んでいるばかりの僕とは、大違いだ。

 剥き出しの首筋に、手を伸ばす。ここで寝ているのは、何物にも傷つかないバルドルじゃない。簡単に命を落とす、ただの人間。

 触れるすれすれまで、手を伸ばし……指先が、そこで止まる。


(やっぱり、僕には無理だな)


 天地の運命をも掻き回すトリックスターに、僕はなれそうもない。

 洞窟で滴る毒液が、怖いわけじゃない。けれど、一線を踏み越える度胸もない。

 眩しい光に焼かれると、わかっていても。僕は、この光の陰で生きていくしかないんだ。






 虎司は行ってしまった。あいつが、俺――竜司に何をしたかったのかは、わからないままだが。

 ともあれ、あいつの気配で起きてしまった。すぐには寝直せそうにない。

 それにしても……昼間感じた嫌な澱みが、蘇ってくる。


(ロキはどうして、バルドルを殺したんだと思う?)


 俺には分かる、気がする。

 何を投げても傷つかない、光り輝く誰か。……傷つけて、殺してみたいに決まっている。たとえその後、名状しがたい罰を受けるとわかっていても。


 弟、虎司。

 賢くて成績優秀、頭の回転と知識量では誰にも負けない。俺が徹夜で勉強しても、決して追いつけない奴。

 へらへら笑って球を蹴ってるだけの俺とは、大違いだ。俺が遊んでいる間に、あいつは手の届かない遠いところへ行ってしまった。

 勝てない。ならば、いっそ――俺のそんな澱みを、虎司は見抜いていたのかもしれない。だからこそ、あの質問だったのかもしれない。


 安心しろ。俺に、一線を超える度胸はない。

 一生、おまえという光に焼かれながら、俺は生きていくしかないんだ。


 部屋の扉が開く音がした。虎司が戻ってきたんだろう。

 起きていることに気付かれないよう、俺はそっと目を閉じた。



【終】

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三題噺で遊ぶ! 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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