金運にご用心(本日の三題噺 2/12 『陰陽師』、『ロボット』、『耳』)
名前と生年月日、出生時間と出生地――鑑定申込書にすべてを記載して渡すと、年老いた占い師は無言で、ノートパソコンのキーボードを叩き始めた。
「パソコンで占うんですか?」
こっちは鑑定料二万円近くも払ってんだ。だのにあんたは、パソコンでちょちょいと計算するだけなのか? だから大して客が入ってないんじゃねえのか?
非難を込めた視線を投げつつ訊いてみると、陰陽師の血を引くと自称する老占い師は、皺に埋もれそうな目を細めた。
「四柱推命には、もとになる命式というのがありましてな。そこは計算で作るから、コンピューターでやるのが正確で手間もかからないのです。肝心なのは命式の読み方です……我々陰陽師の家系には、命式と宿命にまつわる秘伝が代々伝わっております」
「ほう、秘伝」
「どの命式が、どのような人格を作り上げ、どのような運命を導き出すか……何世代にもわたり、我が一族はそれらを己が目と耳で確かめてきました。一種の統計学ですな」
統計、という言葉に、俺の中でひらめいたものがあった。
「……ふむ、あなたはずいぶんと負けん気が強いと見える。独創的なアイデアもお持ちだ。だがお気をつけなされ、三年ほど後に大きな金銭的トラブルがある。謙虚にしておれば害は少ないが、大きなことに手を出しておればおるほど、傷は大きくなるでしょうな――」
老占い師がひととおりの鑑定を終えた後。
俺は声を潜めて、話を切り出した。
「先生。俺は失業中のプログラマーですが――」
老占い師は、パソコンの画面に視線を落としたまま答えない。
「――先生、もっとたくさん、お客をとりたいとは思いませんか。秘伝、さらに磨きたいとは思いませんか」
皺だらけの顔が、ようやく俺の方を向いた。
俺はスキル売買サイトに老占い師のアカウントを作り、オンライン鑑定の受付を始めた。
機器のセットアップ、メッセージのやりとりなどは全部俺が代理でやった。俺は文字通り、老占い師の目と耳となった。
そして鑑定結果と会話の記録を、俺はひそかにデータとして蓄積していった。そして、すべてをAIに学習させた。
もし本当に占いが統計であるなら、どのような命式がどのような結果になるかにはパターンがあるはず。俺自身は読み取ることができないが、AIは容易に関連を導き出すだろう。
十分なデータが揃ったら、あとは学習済モデルを「陰陽師の末裔占い師」として売り出せばいい。なあに、今どきのAIは自然な会話ができる。VTuber的なアバターを被せて、配信専門の占い師ということにすれば、誰も中身がAIロボットだなんて気づきはしないはずだ――
三年ほど経った。
オンライン鑑定の結果と、老占い師の手元にあった過去の鑑定データを、俺はAIに入力し終えた。アバターを設定して会話してみると、応答はごく自然で、中の人がいないと気付く人間はおそらく誰もいなさそうだった。老占い師は俺のことを信頼しきっていて、疑いなど何も持っていないようだった。念のため、データを使ってよいか訊いてみたら、にこにこ笑って「いいよ」と答えてくれた。
満を持してデビューさせた「陰陽師VTuber 晴宮明子」はすぐに人気を博した。精密な四柱推命鑑定への申し込みは連日絶えることなく、鑑定料も、ギャラリーからの投げ銭も、日に日に積み上がっていった。
ほくそ笑む俺の下へ――ある日、一通のメールが送られてきた。
『個人情報の不正使用に関する申し立て』
架空請求の類と思って投げ捨てた。すると数日後、また同じ件名のメールが届いた。
ウイルスチェックをして、開けてみた。IT系で名が知られた弁護士の名で、挨拶が書かれていた。
『占い師○○氏より、あなたが氏のデータを不正に使用しているとの申し立てがありました。サーバ側に問い合わせた結果、あなたが晴宮明子で使用した学習用データは、氏から提示されたものと全面的に一致していました。氏はデータの使用を許諾しておらず、明白な不正使用と言わざるを得ません』
メールには示談金として、晴宮明子がこれまで稼いだ金額の三倍が提示されていた。
……あいつは確かに、データを使っていいとは言っていた。だが軽い口約束だった。向こうが否定すれば、簡単になかったことにできる。俺が抗弁しても、誰も聞く耳は持ってくれないだろう。
ハメられた――思った瞬間、頭の中に、いつか聞かされた言葉が蘇った。
『三年ほど後に大きな金銭的トラブルがある。謙虚にしておれば害は少ないが、大きなことに手を出しておればおるほど、傷は大きくなるでしょうな』
ああ、本当に、よく当たる占いだ――
俺は、天を仰いだ。
【終】
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