第17話
精神統一。
それは人が物事に集中するときに行う動作。
僕は構えた弓を引き絞り、幾重にも重なった輪の中にある黒い点を狙う。
そして当たると思った時、心のなかで一言。
みんなには内緒だよ?
「やるのう秀人。綺麗など真ん中じゃ」
「でたー秀人
「凄いですね。ビックリです」
的の中央に刺さった矢を見て観客が感嘆の声を漏らす。僕の数少ない才能だ。
「どうしてこんなに弓が上手なんですか?」
「秀人は実家が神社だから小さい時から神事の練習をさせられてたんだよ。火板町の息災を祈願して神聖な祭具の弓で的を射る。真ん中だったら大当たりだ。まあ理由はそれだけじゃないが」
「確かに神社と弓ってなんだかしっくりきます。流鏑馬とか」
鹿島の説明に烏間がうんうんと頷く。
うちの神社には弓を使う祭事があるので小さい頃から弓術の特訓はさせられていた。
プレッシャーがヤバイんだよ、僕の腕ひとつで町の運勢が決まるとか。
外したら殺されるとかそういうものがあるわけではないが僕は死ぬ気で努力した。
「ちなみにコトハさんは?」
「儂はできんぞ。別にやる必要がなかったのでな。儂は弓は見ておる方が好きじゃ」
そういえば、神社の境内で祭事を行うから必然的にコトハも僕が弓を射ているところを見ていることになるのか。
案外神様はちゃんと僕達のことを見ているのかも知れない。
「お、あやつも射るようじゃぞ。あの構えを見るとある程度の心得はありそうじゃな」
コトハが指差すのは凛とした佇まいで弓を引く少女。
僕達と同じ一年生であるにも関わらず大人びた雰囲気を感じさせる。
「確か……黒崎って名前だったか?」
「誰?」
「うちの学級委員の女子だよ。男子グルで話題になってた。かわいい子ランキング上位有力候補だ」
情報通な鹿島が黒崎を見ながらに説明する。
確かにザ委員長って感じがするな。
───というかもううちのクラスに男子のグループが出来てたのか。後でIDよこせ。
黒崎は的だけを見つめて弦を引き絞り標準を合わせる。
そして矢をつがえていた右手を軽く離した。
パスンッという快音と共に中心が射ぬかれる。お見事。
「あいつ絶対経験者だな。」
「噂によるとかなりのボンボンらしいぞ。なんでも、自宅お屋敷で白塗りの塀で囲まれているとか。家の中に弓道場があってもおかしくない」
「あーわかる。育ちが良さそう」
そんなことを言いつつ僕達は黒崎に向かって拍手を送る。
しかし黒崎は当然とばかりに冷静な様子で矢を取りに行った。
流石は委員長属性、心の中でふざけたことを言っている僕とは大違いだ。
「今年の一年生は凄いねえ。豊作豊作。ねえ君、どっかの道場でも行ってるの?構えがとっても綺麗だったから。部活動生でも普通こんなに上手に出来ないよ」
弓道部の部長と思われる先輩が黒崎に質問する。
「いえ、私は祖父から習っていましたので弓道は前々から嗜んではいました。」
「おじいちゃんから!えーっとじゃあそこの男の子は?」
「え?僕ですか?」
さっきまで黒崎に興味を持っていた先輩は不意に僕に話をふる。
「僕はまあ家柄で覚えないといけなかったんですよ……。実家が神社で祭りの時に弓を使うんです」
「独学なの!?凄いね!構えが少し独特だったんだけどよく狙いが定まってたよ」
先輩は凄い凄いと誉めちぎる。
嬉しいと思う反面これで断らないといけないと思うと本当に辛い。
「あとは形を整えれば完璧かな。ちょっと力が入りすぎだ」
先輩は手本となるように弓を引く動作を僕達に見せる。
物凄くきれいでそっちの方がいいのはわかってはいるけれども出来ないんだよね。
重心がぶれるというかなんというか。
「ちなみに君がこの中で一番上手だ。僕は君がうちの部に入ってくれることを期待しているよ。強制はしないけどね」
先輩は最後にそう言って他の一年生の様子を見に歩いていった。
この先輩さりげなく圧をかけてきやがった。
流石は弓道部を束ねる部長、智将プレイだ。
「やりましたね秀人さん!部長さんのお墨付きですよ!」
「俺、バスケ部の体験行った時そんなこと言われなかった……」
烏間が手を叩き、鹿島がぼやく。
そしてなぜかコトハは明後日の方向を向いていた。
「どうしたコトハ」
「いや、視線を感じての。なんとも妬ましい視線じゃった」
視線を感じた?
僕は気になり、あたりをぐるりと見回す。
そんな視線別に……あったわ。
「……」
黒崎が嫉妬の籠った目を僕に向けていた。
目線で人が殺せるなら僕は既に五回は殺されているだろう。
一瞬互いに目が合い、同時に視線を反らす。
黒崎は恥ずかしさから、僕は本能的な恐怖故に、だ。
「鹿島、黒崎の情報プリーズ」
「何だ? 黒崎に惚れたのか?」
「違う。命の危険を感じたからだ」
「お、おう……」
僕は情報通な鹿島から情報を仰ぐ。
黒崎の本名は黒崎
鹿島の話によると黒崎は頭脳明晰で中学校のテストでは百点を連発し、通知表はオール5だったと言う。本人がなんの恥じらいもなく机に通知表を広げて席を外していたりしていたくらいらしいから確実な情報と見ていい。
入試も首席合格で新入生代表の挨拶を勤めていた。
僕は寝ていたコトハがいつ見つかるか心配でそっちに注意を向けていたから気づかなかったが思えば確かにそんな名前だった気がする。
しかしそんな彼女の欠点はプライドが高いこと。小中学校のクラス内では常に冷徹な女帝として君臨していた。
座右の銘は精神一到。それも度が過ぎているらしい。
一つ例をあげると、合唱コンクールの練習時何故か黒崎のクラスだけは何の物音もせずただただ生気の無い歌声だけが延々と流れていたという。
そのおかげでコンクールでは金賞はとれたが歓声はあまり沸かなかったと経験者は語る。
「黒崎と同じ中学校だった連中がそう話してた。俺はツンデレかとも思ったんだがそいつらの話だとそんな生易しいものじゃないって」
鹿島がそう話を締めくくる。
うわーめんどくさー。とどのつまり、自分が常に一番じゃなきゃ満足できないアレでしょ?
漫画やアニメの富豪系ライバルやお坊っちゃま系ライバルにありがちな「お前はここで僕に負けるべきなんだッ」というやつだ。
こうなると厄介なのがその後の付き合い。
僕はどうにかして自分を黒崎より下に見せないといけないわけだ。
しかし下手な演技は逆に黒崎を怒らせる。これでどうやって振りきればいいんだ。
「どうしよう……あれ?コトハは?」
意識を目の前に戻すといつの間にかコトハがいない。
すると烏間が
「コトハさんなら黒崎さんのところに行きましたよ」
「は?なんで?」
「なんでも、視線がうっとうしいから文句をいいに行くそうですよ。秀人に言いたいことがあるなら言え。直接言うのが恥ずかしいなら儂が代わりに話してきてやる、と」
「何やってんだアイツ!?」
僕が即座に黒崎の方に目を向けると詰問姿勢のコトハといきなりの状況に慌てふためいて赤面している黒崎の姿があった。
思わず聞き耳を立ててしまう。
「い、いや、私はそんな秀人君を注視していた訳では」
前のコトハのセリフは聞き取れなかったが黒崎は必死にコトハの言葉を否定する。
だが我らがコトハはそんなことで引き下がるような性格をしていないのだ。
「いや、ガッツリ見ておったじゃろ。あれだけ見られれば誰でも分かるわい。もし今の自分の気持ちが分からないようじゃったら教えてやろう。今のお主は秀人に嫉妬しておるのじゃ。」
「ッ……!」
「ほら見てみい、ぐうの音もでないじゃろう。自覚があるなら何故嘘をつく。別に嫉妬は特別悪い感情ではないぞ?」
コトハが黒崎に油を注いでいく。
黒崎は今にも羞恥で爆発寸前だ。
やめろ!やめてくれ!ヤメタゲテヨォ!
あまりにも惨たらしい状況に僕は鹿島に助けをもとめた。
「おい鹿島!コトハを連れ戻してきてくれ!あのままだと黒崎のライフ表示がゼロになる!」
「なに言ってんだ秀人。中学校から一緒にいたやつも見たこと無い冷徹委員長の貴重な羞恥映像だぞ。誰がそんな激レアシチュエーション止めれるかってんだ。俺はこの歴史的場面をしかと目に焼き付ける」
「そうかそうか。つまり君はそう言うやつだったんだな。烏間、頼むからお前が行ってきてくれ。」
「ええ!?私ですか!? 私、コミュ障には定評ありますよ!」
「誇んなよ」
完全なクズと化した鹿島と自らのコンプレックスを盾にする烏間。
僕が行ってもカオスになるだけだし手の打ちようがない。
「白黒ハッキリつけたいのなら儂が手を打ってやらんこともないぞ。競射をすればよいではないか」
「そ、そんなこと……」
「おーい秀人!こやつがお主と競射がやりたいそうじゃ!少し付き合ってくれんか!」
「あ、ああ……」
コトハが大声で言うと黒崎は今にも泣きそうだった顔を手でおおう。
……いったいこの状況に誰が得をすると言うのだろうか。
僕と神様と恋愛フラグ @Dendai_Akihiro
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