第10話 ジェシカ! ボンバイエ! ですわ

「ジェシカさん…… 決闘するだなんて。大丈夫ですか? やっぱり、私のせいで…… ごめんなさい!」


 フローラが不安そうな顔で私を見る。自分のせいで、私とギュスターヴが決闘すると思っているのだろう。私は、微笑むと彼女の頭を優しく撫でた。


「大丈夫ですわ。別に、あなたのせいではなくてよ。フローラ。心配なさらないで。決闘に勝って、あなた達が受けた侮辱を晴らして見せますわ」


「ジェシカさん…… でも……」


「ジェシカお姉さま……」


「それより早くお昼ご飯を食べましょう! わたくし、もうお腹がペコペコですわ。肉を食べますわよッ! 肉をッ!」


 まだ、心配そうな顔するフローラたち。キャシーとロッテも同じように不安げな顔をしている。だが、私はそれにかまわず食事を始めた。山盛りの肉を喰らう。


 決闘をする事については、むしろ私の望むところである。観客の前で戦うことは、格闘技者プロレスラーの1人として腕が鳴る。



 その日の放課後――――


 私は、体操服に着替えて運動場に出た。夕方のトレーニングを始めようとすると。また、あの男が現れる。長身でたれ目の優男やさおとこ。腕を組んで立っている。私を待ち伏せしていたようだ。


「どうして決闘なんか受けたんだ!? ジェシカ! 俺が、わざわざ事を荒立てないように、ギュスターヴのやつに頭まで下げたのに…… 何で、こんなことになるんだよ!? お前は、いつからそんなに闘争本能むき出しになったんだ!? まるで狂犬じゃないか!」


 私の婚約者、クローディスがいら立った声を上げている。決闘を受けたことを怒っているようだが。私は、特に気にする様子もなく言った。


「あら? クローディス。わたくしは、あなたに頭を下げろだなんて頼んでおりませんわ。相手が戦う気なら受けて立つまで! ですわ。たとえ相手が誰であろうと逃げも隠れもいたしませんわ」


「言っておくが、ジェシカ。あのマリアとかいうギュルネス家のメイド。ただのメイドじゃないぞ! 格闘技の経験があるとかいう噂だ…… そんなやつと戦って大丈夫なのか? 前回の決闘だって、庶民の娘のフローラ相手に負けそうになってたじゃないか!」


「ご心配なく。格闘技の経験なら、わたくしにもありましてよ。前回は、少し油断していただけですの。次の決闘は、万全を期して臨みますわ。大船に乗ったつもりで、安心して見ていてちょうだい」


 私は、自信満々に答える。クローディスは、呆れた顔をしていた。


 決闘の相手、ギュルネス家のメイドのマリア。わざわざ決闘の代役に立てるくらいだ。ただのメイドでないことは分かっていた。


 しかし、格闘技の経験ならこちらにもある。悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』として戦ってきた幾千のプロレスの試合経験が。


 クローディスは、大きなため息をついて言った。


「はぁーッ。君には何を言っても無駄なようだな…… こうなったら仕方ない。ギュスターヴのやつなんかに負けるんじゃないぞ! ジェシカ。応援させてもらうよ」


「ええ。ありがとう。クローディス。わたくし、必ず勝ってみせますわ!」


「だが、怪我はしないようにな。君は女の子なんだ…… 気をつけろよ。じゃあな!」


 クローディスは、そう言い残して去って行く。彼なりに一応、私のことを心配はしているようだ。自分の面子ばかり大事にしたり、情けない所もあるが。決して悪い男ではないのだ。



 そして、5日後――――


 いよいよ決闘の日を迎える。


 決闘の場所は、学園内にある決闘場だ。前回、フローラと戦った場所である。あの時は、生徒会に無断で使用したが。今回は、ギュスターヴが事前に許可を取っているらしい。生徒会公認の決闘である。


 観客席には、大勢の生徒たちが集まっていた。既に、私とギュスターヴの決闘の噂は、学園中に知れ渡っていたのだ。名門貴族同士の決闘は珍しい。しかも、女同士が戦うのは尚更なおさらである。


「ジェシカッ! ボンバイエッ!(殺っちまいな!) ジェシカッ! ボンバイエッ!(殺っちまいな!)」


 観客席から私の名前をコールする声援が聞こえる。私が入場すると、大きな歓声が上がった。私は、両手を上げて歓声に応える。


 前世のプロレスラーの記憶が鮮明に蘇る。こうして、大勢の観客の声援を受けて戦うことこそ、プロレスラーとしての生き甲斐だ。


 今回の服装は、派手なフリルがついた体操服を改造したコスチュームである。この日のために、自前で用意していた。見栄えだけでなく動きやすさも重視していた。いわゆる勝負服というやつである。見た感じは、かなり女子プロレスラーっぽい。


「ジェシカさーん! 頑張ってくださーい!」


「ジェシカお姉さまー! ファイトーッ!」


 ひと際大きな声がする方を見ると、フローラとキャシー、ロッテが大きな声援を送っていた。私は、手を振ってそれに答える。


 続いて南の方角から歓声が上がる。見ると、ギュスターヴ・ギュルネスとそのメイド、マリアが入場してきた。歓声には、ギュスターヴが手を振って答えていた。実際に戦うの彼ではなく、隣にいるメイドのマリアだが。マリアは、メイドらしくすました顔で落ち着いた様子だ。


 対戦相手のマリアの服装は、メイド服をモチーフにした勝負服となっている。黒色を基調とした質素なスタイルに、白いフリルが所々について装飾されている。


「よく逃げずに来たな! 褒めてやるぞ。ジェシカ・ジェルロード!」


「あなたの方こそ! その可愛い顔に、吠え面をかかせてやりますわ! ギュスターヴ・ギュルネス!」


 円形のリングの中央で、私とギュスターヴは睨み合った。そこへメイドのマリアが間に割って入る。


「お下がりください。ギュスターヴ様。ここは、わたくしにお任せを!」


「うむ。マリア! この女が二度と生意気な口をきけないように分からせてやれ! 泣いたり笑ったりできないくらい、徹底的に痛めつけろ!」


「はッ! ギュスターヴ様!」


 ギュスターヴは、ニヤニヤと笑いながら去って行く。円形のリングの上は、私とマリア、そして審判の女子生徒の3人だけになった。


「それではー! これよりー! ジェシカ・ジェルロード対ギュルネス家メイド、マリアの60分1本勝負を行います!」


 審判の女子生徒が観客席に向かって大きな声を上げる。私とメイドのマリアはリングの中央で睨み合う。視線がぶつかり合い火花を飛ばさんばかりの勢いだ。


「ジェシカ・ジェルロード! あなたに恨みはありませんが。我があるじ、ギュスターヴ様の名誉のため。そして、ギュルネス家とわたくしの誇りにかけて。少々、痛い目に合ってもらいます!」


 マリアが私の目を見ながら言った。随分と落ち着いたたたずまいだ。私も平然とした様子で言い返した。


「ギュスターヴ・ギュルネス。あんな情けない男に仕えるなんて、あなたも気の毒ですわね。そうね。恨むなら、わたくしではなくあの男を恨みなさい。愚かな主人に仕えた己の不幸を呪いなさい。おーほっほっほっ!」


「黙れッ! 我が主を侮辱することは許しません! その汚い口を閉じなさい! 今すぐに!」


 私の挑発に怒り心頭のマリア。彼女にとって、主人を侮辱されることは何よりのタブーのようだ。とりあえず、口喧嘩だけはこちらに軍配が上がった。


 そして、いよいよゴングが鳴らされる。「カァーンッ!」という金属音が会場内に鳴り響いた。


「ふふふふ。さあ、参りますわよ!」


 いよいよ試合開始の時である。相手との距離をジリジリと詰めていく。対するマリアの方も慎重な立ち上がりを見せた。


 円形のリングを時計回りに周りながら、私たちはゆっくりと距離を詰めていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役プロレスラー令嬢 倉木おかゆ @kurakiokayu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ