其ノ十五 川面

 辺りはいつの間にか夕闇に包まれ、先程までほんの少し晴れ間が見えて居た空には、再び黒い雨雲が満ち、雲間からは冷たい雨粒が、小さい宗次郎そうじろう様をお背中におぶわれた安子様の肩に、ぽとぽとと落ちて参りました。


 本日の御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)の御訪問のお勤めは、ご心労が増されただけでこれと言って何の成果もなく、そもそも三番目のお子様のお産よりこの方、ずっと気鬱きうつ気味な御心持ちが続いていらした安子様は、その時はもう疲れ果てて放心状態となり、只々ただただとぼとぼと、小川の脇をわだちに沿って歩いておられました。


 小川は鈍色にびいろの流れでどんどん水嵩が増し、朽葉色くちばいろの木々が川面かわもに重くのしかかる様に枝を這わせており、それをぼんやり眺めていらした安子様は、夕闇の中、その枝々がまるで手の様に御自分を誘い、うっかりすると川の中に引き摺り込まれて行きそうな、足元の覚束なさを感じておりました。



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