其ノ十四 御表札

 しかしまた何故なにゆえ、染子様の様な御看病、御介護、御育児を一人手ひとりで(ワンオペ)にて担っていらっしゃる大変なお方に限って、窺書うかがいしょ(アンケート)の御推薦に一番多くの票をお集めになったのであろう、安子様は、心底疑問に思われました。


 お気持ちが塞ぎ込んで伏し目がちになった安子様が、ふと視線をお上げになったその時、染子様の御屋敷の御表札の文字が、目に飛び込んで来たので御座います。


井伊いい様……。あ! の、。」


 嗚呼ああそうか、いつだったかおりんさんが仰って居た、いろは順御名簿で、一番上に有る方に御推薦が集まるとは、この事であったか。それで井伊いい様に……。安子様は愕然とされました。


 ただ、安子様は御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)のお役付きで有る故、最低でもお一人は必ず、御自分の伝手つてでお役を決めなくてはならないと言うお割り当て(ノルマ)を背負い、それもこの分だと到底果たせそうに無く、その上、御推薦が一番多かったお方と、お話しすら出来なかったともなると、次の御会合で御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)の御三役ごさんやくの方々に、どのように顔向けしたら良いので御座いましょうか、と途方に暮れてしまったので御座います。



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