其ノ五 御情報

「この御住所録は……。わたくしはただ、御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)取締とりしまり(委員長)の方に渡されただけでしで、私は何も………。」


 安子様が戸惑いながらこう仰ると、前田まえだ様はこうお答えになられます。

「ふうん。私は昨年の春にここへ越して来た時に、確かに、緊急御連絡先としてここの御住所をお師様しさまにお渡ししましたよ。けれど、寺子屋と大奥(PTA)は、別の御組織で有ると聞き及んでおりまする。寺子屋しか知り得ぬ御情報、何故なにゆえ大奥(PTA)のお方がご存知なのでしょうねえ。」


「そ、その様な事を申されましても………。」

 と安子様が返すお言葉に詰まっていらっしゃいますと、背中におぶわれていらっしゃる宗次郎そうじろう様が、お顔の赤い湿疹しっしんを掻きながら、大きなお声でお泣きになられました。

「あらあら、このぐらいのお子は、お顔にぶつぶつが出来やすいものねえ。かいかいしないのよ。おお、よしよし。」

 前田様も人の子のお母御ははごでいらっしゃるので、赤子あかごはお可愛いらしく、一瞬お顔がほころばれましたが、直ぐに元の厳しい御表情にお戻りになられ、


「とにかく、うちは大奥(PTA)取締方とりしまりがた(本部役員)を引き受けるつもりは御座いません。あなたも小さなお子様連れでお勤めご苦労様な事ですが、ここはどうか、お引き取り願いまする。」


 前田様はこう仰られ、戸板といたをぴしゃりとお閉めになってしまわれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る