其ノ四 詰問

 ご婦人はいぶかしげな御表情で、狭く開けた戸板の隙間から、安子様にこうお尋ねになられました。


「突然の御訪問、大変申し訳ございません。私は大奥(PTA)御吟味方ごぎんみがた(選出委員)の牧野と申します。お便りでも既にお知らせ致しましたように、大奥(PTA)では、来年度の取締方とりしまりがた (本部役員)を御選出せねば成らず、秋に回収致しました御窺書おうかがいしょ(アンケート)で、御推薦の多かったお方のお宅を、こうして訪ねて回って居るので御座います。」

 安子様は、背中でむずかる宗次郎そうじろう様を揺らしてなだめながら、この様にお答えになりました。


「ああ、そう言う事なら、うちは関係有りませんから。」

 とご婦人は僅かに開けた戸板をすげ無くお閉めになろうとされましたが、安子様は、

「そこを何とか。お話しだけでも。」

 と、戸板の隙間に手を差し伸べて、ご婦人のお顔をお見上げになられました。


「うちはね、引っ越す前の町でも、何年もさんざん大奥(PTA)のお勤めをさせられました。取締方とりしまりがた (本部役員)もね。でもそんなもの、引っ越して来たら全く数には入れて貰え無いんだねえ。しかも、顔も良く知らないから良いだろう、って窺書うかがいしょ(アンケート)の票を、うちがこぞって集めちまうだなんて……。」


 確かに、見知らぬ人だからと、無責任に御推薦にお名が集まってしまった事は大変お気の毒、しかも前の町の寺子屋でさんざんなさった大奥(PTA)のご奉公は数には入らず、この方はまた一からこの町でも強いられるとすれば、これもわりなきこと、と安子様は胸を痛められたので御座います。


「それに……。あなた、一体何処でこの家の御住所をお知りになったのですか?」


 ご婦人は安子様のお手に握り締めて居られる御住所録を指差され、詰問口調でこう仰ったので御座います。


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