其ノ十八 筒

「なに! 産まれた? 男の子とな?」


 奥方おくがた様は大声を出され、用意して置いた風呂敷包みを掴まれると、小脇には押入れの奥から探し出して来られた、何やらつつのような物をお抱えになり、玄関を飛び出さんとして居られました。


「あの、ですから、奥方おくがた様、安子様は産後の御肥立おひだちが……。」

 と初島はつしま様が仰ってお止めしようとなさったものの、

「牧野家の次男が産まれたのです。駆け付けたとて何が悪いのです! 」

 奥方おくがた様はこう仰り、初島はつしま様のご静止に耳を傾けようともなさりません。


 そうこうして居る内に、この騒ぎで眠りから覚めてしまった花子様が、寝所しんじょで大きな声でお泣きになるのが聞こえて参りましたので、初島はつしま様はそちらの御様子も気にかけねばならず、その隙に奥方おくがた様とご夫君ふくんは、安子様の居られる御自宅の方へと、駆け出して行って仕舞われました。


 その時分、安子様はお産の際に強い薬(陣痛促進剤)を飲まれたご影響でしょうか、激しい脱力感と気分の落ち込みに見舞われながらも、産婆さんば様から手渡された、小さく柔らかい我が子を初めて腕に抱き、そっとご自分の乳にお近づけになると、赤子あかごは、こぶしのような小さなお顔の、一体何処にそのような力が備わって居るのかと不思議に思われるほどの逞しい力で、安子様の乳に吸い付いたので御座います。


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