其ノ十七 押入れ

 その頃、安子様の義母で有られる奥方おくがた様のお屋敷では、赤子あかごの御誕生をお心待ちにしていらっしゃる奥方おくがた様が、夜も更けたけれども興奮してお眠りになる事が出来ず、何やらごそごそと、押入れやら天袋てんぶくろなどを探したり、荷物をまとめたりしていらっしゃいました。


 御女中の初島はつしま様は以前安子様より、奥方おくがた様は迷信深く、産まれたら七日間、産婦を寝かせてくださらぬ故、ぜひ落ち着いてから訪ねて頂くようにとお願いされておりましたので、このように奥方おくがた様をおたしなめになられました。


奥方おくがた様、安子様は産後の御肥立おひだちがあまり宜しくない性質たちと伺っております。それ故、お子が御産まれになりましても、直ぐという事では無く、少し落ち着きましてから、皆様に御披露目を致したいと仰って居られまして……。」


 真剣にそうお話しなさる初島はつしま様のそのお言葉を、奥方おくがた様は聞いて居るのか居られぬのか、只々ただただそわそわと押入れを開け閉めなさったり、そこら中を歩き回ったりしていらっしゃいました。


 その時に御座います。安子様のご夫君ふくんが玄関に駆け込んで来られ、こうお叫びになられました。


「産まれた! 産まれたぞ! 元気な男児だんじ、男の子が産まれた!」

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