其ノ十二 薬包

 安子様は苦しそうに陣痛に耐え、時折うめき声を上げておいででしたが、産婆さんば様はこの様な光景には常日頃から慣れておいでなのか、産屋うぶやにお入りになると、ゆっくりとお座りになり、お持ちになられた茶色の風呂敷包みを静かに開かれました。それから、恰幅の良いご婦人が持って来られた絞った布巾ふきんでお手をお拭きになると、安子様の下腹部を触診なさいました。


「なるほどね。もう破水してしまって居るが、子宮口こつぼのくちはまだ一寸いっすん(約3cm)しか開いては居らぬ。」

 産婆様がそう仰ると、

「産婆様、それはどう言うことで御座いますか? まだいきんでお子を出しては行けないのですか?」

 産婆様をお連れになった痩せ型のご婦人がこうお尋ねになられました。


「馬鹿を仰るな。今いきむなど、とんでもない。今いきんだら母子共に命取りになる。もうしばらく待って見て、それでも子宮口こつぼのくちが開かなんだら、この薬(陣痛促進剤)を使うよりほか有るまい。」


 産婆様はこう仰って、先程開いた風呂敷包より、油紙あぶらがみに包まれた一包のお薬を取り出されたので御座います。



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