其ノ十三 十二刻

「お前さん、このお方が破水したのはいつの時分だったかえ?」

 産婆さんば様は、お子を産んだことのある恰幅の良いご婦人にお尋ねになられました。


「確か昼八ひるやツ(午後2時)過ぎ頃だった様な。」

 とそのご婦人がお答え申し上げますと、

「そうさのう、子宮口こつぼのくちが開く前に破水をばしたなら、遅くとも十二刻じゅうにとき(約24時間)経たぬうちにお子を産み落とさねば、雑菌が入って、母子共に危険になるでのう。今は暮六くれむツ(午後6時)か。あと一刻いっとき(2時間)ほど待って見る事に致しましょう。」

 産婆さんば様はこのように仰いました。 


 そうこうして居る間に、日もとっぷりと暮れ、安子様は一向に間隔が縮まらない陣痛に耐えながら、むしろの上で青ざめて、今にも気を失いそうな御表情でぐったりとされておられました。


 そこへ、

「安子どうした? まだ生まれないのか? この産婆さんば、本当に大丈夫なのか?」

 と大声を出しながら、ご夫君ふくんおもて(会社)よりお戻りになられ、帰って来たそのままの恰好で、産屋うぶやに入って来られました。


 産婆さんば様は、鋭い目でぎろりと一瞥いちべつ、ご夫君ふくんを睨みつけなさると、こう仰いました。

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