其ノ九 立ち話

 安子様は、段々と間隔が近くなって来る痛みにお顔をしかめながら、二人の子供達の御手を引いて御自宅の門前の前栽せんざいを抜けて、奥方様おくがたさまの御屋敷に向かおうとなさりました。


 その時に御座います。


 安子様の中の何かが風船の如く割れた様な妙な心地がし、足の間から暖かい湯の様なものが溢れ出し、したたり落ちるのをお感じになられました。


 安子様の只ならぬご様子に、向かいの屋敷の前で立ち話をして居た三人の初老の御婦人方が、心配して思わず声をお掛けになりました。

「ちょ、ちょっとあんた、身重みおもでしょう? ああ、こんなに。破水して居るじゃあないか。」

 三人の御婦人方うち、恰幅の良い一人が、安子様の体を起こしながらこの様に仰いました。


「そうだよ。これは大変だ。産婆さんばは? 産婆さんばを呼ばないと。ご新造しんぞうさん、あんた何処で産むおつもりだい? 御自宅なら、今直ぐにお戻りなさい。私が産婆さんばを呼んで来ますから。」

 もう一人の、胸が薄く、二本の細筆の様な御御足おみあしのご婦人が、畳み掛ける様にこう安子様にお尋ねになりました。


 安子様は、うめくような苦しげなお声で、こうお答えになられます。

「皆様、かたじけのう御座います。自宅の離れの納屋なやむしろを敷いて産屋うぶやこしらえて有ります。あ、あと、この子達の預け先は……。」

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