其ノ五 たすき掛け

「まあ、良いんじゃないか?」

 ご夫君ふくんは煙草の煙を気持ち良さそうに鼻から二筋ふたすじ出すと、そう仰いました。


「本当? 本当に、『優』の字を使っても良いのですね? 嬉しい。」


 安子様はご自分の意見が受け入れられた事が嬉しく、思わず急に立ち上がろうとなさいましたので、ご夫君ふくんは安子様の身重みおものお体を素早く御手でお支えになり、

「おいおい、大事な体だ、無理をするでない。」

 と優しく御細君ごさいくんをお気遣いになり、もう一度縁側にそっとお座らせになりました。


「考えて見れば、太郎の名も、花子の名も、男の子ならこれ、女の子ならこれと、私の亡き父が付けたものだった。もう男の子も女の子も揃っているのだから、三人目は、自ら腹を痛めるお前が名付けるのも良いかも知れぬ。」

 ご夫君ふくんがそう仰ると、

「そうですか? 本当に、本当にありがとうございます! 嗚呼ああ益々ますますこの子に会える日が楽しみになりましたわ。そうそう、そろそろお夕飯の支度を始めませんとね。」


 安子様はそう仰ると、お庭で遊んでいる太郎君たろうぎみと花子様に向かって、

「太郎、花子。この時期は日が暮れるのも早いから、暗くなる前に家に引き上げて来るんですよ。」

 とお声がけになりました。


 安子様は、ご夫君ふくんの肩に支えられながらゆっくりと縁側から立ち上がると、ふところに入って居るひもを出してお袖をたすき掛けにしながら、くりやに向かって歩みを進められたので御座います。

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