其ノ三 名前

「名前? ああ、そろそろ考えて置かないとな。」

 御夫君ごふくんがこう仰ると、

「あのね、わたくし、実はずっと考えて居た名前が有って……。」

 安子様は御夫君ごふくんの顔色を伺うように、こう打ち明けられました。


「このお子の名は、男の子なら優次郎ゆうじろう、女の子ならおゆう、と付けたいのですけれど。」

「漢字は、どう書くのだ?」

御夫君ごふくんはお聞き返しになられました。

「優しい、と言う字を使いたいのです。こう、にんべんの。」

 安子様はそう仰ると、指でくうに「優」の文字を書いてお示しになられました。


 そうしたご両親の睦まじい御様子をご覧になった太郎君たろうぎみと花子様は、興味深々で縁側まで駆け寄って来て、

「なあに? 弟か妹のお名前?」

と、目を輝かせてお尋ねになりました。

「そう、お名前。私は、優しい、という漢字を使って、男の子なら優次郎ゆうじろう、女の子ならおゆう、と付けたいのですけれど……。」

 安子様がそう仰るのを聞いた子供達は、

「いいね、それ。優、優ちゃん? 可愛いねえ。」

と、きゃっきゃとはしゃいでおりました。


 安子様は、肝心の家長の御意見を確かめなければと、お立ちになっている御夫君ごふくんの方に目線をお向けになり、こうお訊ねになりました。


「ねえ、あなた、どうかしら? このお名前は。」


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