第八章 名前

其ノ一 椛

 あれから時は一月ひとつきほど経ち、安子様の御出産が近づいて参りました霜月しもつき(11月)の半ばとなりました。


 先月の、小火ぼや騒ぎの後に身重みおもの安子様が常磐井醫院ときわいいいんに運ばれました御一件から、安子様が御早産の危険を抱えながらも、一人手ひとりで(ワンオペ)にて家事、子育てをこなしつつ、御出産を迎えなければならない御事情をご案じになられた常磐井ときわい様は、医療関係者として、更には安子様のご友人として、折り入ってと御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)取締とりしまり(会長)のおでんかた様にお願いし、せめて安子様の御出産が無事終わり、生まれた赤子のお首が座る頃合いまでは、御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)のお勤めをお休みさせて上げて下さい、その分我々も働きますゆえと御交渉なさって下さりました。おでんかた様も流石に鬼ならぬ人の子、人の親。ご事情をお分かり下さり、どうにかご承諾を頂く事が叶いました。


 安子様は、いつお生まれになっても良い程の、大きなお腹をお抱えになっていらっしゃる故、時折、重みの掛かるお腰に自らの御手おてを添えながら、ご自宅の縁側にゆっくりと腰を下ろされました。今が盛りのお庭のもみじあかい葉の色が、気持ちの良い秋晴れのの光に透けるのを、ゆったりとしたお気持ちで眺めていらっしゃいました。


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