其ノ十九 飯

 御夫君ごふくんは眠い目をお擦りになりながら、寝る前に敷いてあった三組の御布団のうち、御自分の一組以外の残りの二組がもぬけの空になっている事に、ようやっとお気付きになられました。


「あれ? 花子、太郎?  お前たち、もう起きたのか?」

 その様に仰って、きょろきょろと辺りを御探しになられて居るうちに、ごおん、と六ツ半むっつはん(午前7時)の鐘が鳴るのを耳にされました。


「あゝ、もうこんな時分じぶんか。急がないと遅参ちさんしてしまう。」

 御夫君ごふくんは、御髪おぐしも寝起きのぼさぼさのまま、慌てて居間へ起き出して見ると、そこにもどなたも居りません。


「あれ? おかしいな。くりやの方に居るのか?」

 御夫君ごふくんは、いつもこの時分じぶんなら御細君ごさいくんの安子様が割烹着かっぽうぎ姿で台所に立ち、竈門かまどから立つほかほかの白米の湯気の中で、熱々の御御御付おみおつけをよそっていらっしゃる筈で御座いますが、その姿はくりやにも見当たりません。


「おーい、安子、一体何処へ行っちまったんだ? 俺のめしはどうなるんだ? おい、安子!」



 次章に続く


 

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