其ノ十八 縁

 甘酒の滋養が御弱りになったお体に染み渡る心地で、さきほど常磐井ときわい様がさじを傾けながら語って下さったお話しも併せて、安子様は横になったままぼんやりと、昨日の長い一日を思い返しておりました。


 新川しんかわ西の蔵での夜の大奥(PTA)御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)のお集まりが終わり、その帰路の途中、自宅の方角に煙を見つけて懸命に川原を駆け抜けて、太郎と共に小火ぼやを消した事、その後、倒れて意識を失い、駆けつけたおりんさんのお兄様をはじめとする火消しの組の皆さんが、常磐井醫院ときわいいいん身重みおもの体を安全に運んで下さったこと。


 途中、母子共に危険な状況に陥りながらも常磐井ときわい先生が手を尽くして下さり、どうにか意識を取り戻す事が出来た事。その間、常磐井ときわい様やおりんさんがずっと花子や太郎を見ていて下すった事。なんとお優しい方々なのであろう。


 袖触れ合うも多生の縁とは言え、家族でも無い他所様方よそさまがたが、私やお腹の御子の為に、夜を徹してここまで手を尽くして下さるとは、どれだけ感謝をしてもしきれるものではあるまい。もしもこの方々が私を助けて下さら無かったら、今頃は一体どの様な大惨事が起こっていた事で有ろう。安子様はそうお考えになると、胸に熱いものが込み上げて来たので御座います。


 一方その頃、安子様のご自宅では、この長い一夜の出来事をまるでご存知ない御夫君ごふくんが、何処どこぞのご近所のとりの鳴き声で、その深く長い眠りから、ようやっと目を御覚ましになられたので御座います。


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