其ノ十六 甘酒

 赤鬼あかおに先生は、大声で常磐井ときわい様をお呼びになられました。


「安子さん、ああ、よかった。」

 おりんさんが涙目でこう仰るのをご覧になり、安子様は、

「え、あ、皆さん? ここは一体……?」

 と、一瞬御状況が飲み込めず、戸惑っていらっしゃるご様子でした。


「あんた、この身重みおもの体で、一刻いっとき(2時間)以上も意識が無かったんだ。もう、一時いちじはどうなる事かと思ったよ。」

 赤鬼あかおに先生がこう仰ると、安子様は朦朧としながらも、

「ああ、皆さんに大変なご迷惑を……。そして花子、花ちゃんをかわやに……。」

 と、急にお体を起こされようとなさったので、

「あんた、無理して起きあがっちゃいかん。暫くは絶対安静!」

 赤鬼あかおに先生はそう仰って安子様をご制止になりました。


 赤鬼あかおに先生は「とらうべ」(聴診器)を安子様の御腹部に当てながら、

「ああ、赤ん坊の心音も、さっきよりしっかりして来た。お慶、ぬるい白湯さゆを持って来い。さっきわしが調合しといた漢方を、患者さんが落ち着いたらゆっくり飲ませるんだ。あと、滋養のある甘酒を用意しろ。ただし、この人は御妊婦さんだから、酒粕さけかすで作ったのじゃ無くて、こうじから発酵させたやつでな。」

 といつもの元気な早口で、常磐井ときわい様に御指示を出されました。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る