其ノ十 正論

「確かに。先生の仰る通り、うちみたいな長屋の大家族なら、子供らは誰かしらに預けてこうして夜出歩く事も出来るけれど、一人手ひとりで(ワンオペ)でお子を育てている皆さんは、預け先も無くて難儀な事だよ。奥行事おくぎょうじ(PTA行事)のお手伝いの時だって大変だ。」

 とおりんさんが仰いました。


「そうさ、子供ってのは元々自分で育つ力が有るし、幼いうちは先ず安全が第一、あと親の愛情と目配りさえありゃあ、すくすく育つってもんだ。家族の団欒の貴重な時間を奪ってまで、何の為の奥行事おくぎょうじ(PTA行事)だ。そんなものやらなくったって、親は子供が怪我しねえように身の安全と、腹をくださねえように衛生に気を付けて、見守ってやるだけで充分なのさ。それだけだって決して容易なことじゃあえけどな。」

 赤鬼あかおに先生はこのように、稚児医者ちごいしゃ(小児科医)としてのご自身の持論をお話しになりました。


 行灯あんどんの灯りが、横たわっている安子様の青白い頬を照らし出し、一同不安な面持ちのまま、しばしの沈黙が続きました。


 確かに、父の言う事は正論かも知れない、しかし、と常磐井ときわい様は重苦しい沈黙のなかでこう考えました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る