其ノ四 道行

「お前らいいか、こちらの方は身重みおもでいらっしゃる。大切に大切にお運びしろ。そうだ、戸板といたは硬えから、何か柔らかいもんを敷かなきゃあな。」


 辰五郎たつごろう様はそう仰って、火消しのたましいの籠った角十字半纏かくじゅうじはんてんを脱いで戸板といたの上に敷きました。それを見た若い衆も真似して次々と御自分の半纏はんてんを脱いで戸板といたに敷き、常磐井ときわい様は先程お脱ぎになった道行みちゆき(コート)を拾って更にお敷きになると、組のしゅうはその上にそっと安子様をお寝かせになり、おりんさんは安子様が寒く無い様、御自分の道行みちゆき(コート)を安子様の上から掛けて差し上げました。


「おかあたま、おかあたま!」

 大人達の緊迫したご様子に、泣きながら安子様が乗せられた戸板といたすがる数え三つの花子様を、常磐井ときわい様がそっとお抱き上げになると、おりんさんは、目に涙を溜めて座り込んで居る七つの太郎君たろうぎみを、自身も幼い男子おのこごの母親らしく優しくお立たせになり、その右手を握って差し上げました。


「川向こうの銭湯の脇の、常磐井醫院ときわいいいんへ。」

 常磐井ときわい様のお声を聞くと、辰五郎たつごろう様と組の若い衆は、へい! と勇ましく返事をなさり、力強く、それでいて揺れぬように静かに、赤鬼あかおに先生のいらっしゃる常磐井醫院ときわいいいんを目指して駆け出したので御座います。

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