其の三 戸板

はどうした? 全部消えたかい?」


 鼻筋がぴんと通って、目元が切れ上がって涼しげなお顔立ち、歌舞伎役者かと見まごうばかりの色男が、半纏はんてん腕捲うでまくりしながらこう仰ると、頼もしい腕の筋肉の形が、提灯ちょうちんの明かりの作る陰からもくっきりと見えるようでございました。


 おりんさんの兄君あにぎみでいらっしゃる組の若頭わかがしら 辰五郎たつごろう様が、先に現場に到着していらっしゃった常盤井ときわい様にこうお尋ねになると、

「はい、火の方は大方おおかた消えたようにございます。そちらは火消ひけしの皆様の目で最終のお確かめをしていただくとして……。まず、こちらのかたを。」


 常盤井ときわい様は、青ざめてお倒れになっている安子様の方を、提灯ちょうちんをかざして辰五郎たつごろう様に御示しになられました。


「これは……。このかたはお腹が大きいじゃあないか。もしかして煙を吸っちまったんじゃねえか? こいつはいけねえ。医者だ、医者だ!

 こうしちゃあいられねえ、そうだ、戸板といた戸板といただ。おい、新八しんぱち、そこの納戸なんど戸板といたを外してこっちへ持って来てくれねえか、早く、早く! 時がねえ。」


 辰五郎たつごろう様はその戸板といたを担架代わりに使おうとお考えになり、若い衆の一人に、納戸なんどの木の戸板といたを外して持って来るようにお命じになりました。

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