其ノ十二 厠

 太郎君たろうぎみが寝室に戻られ、御自分の御布団にお入りになろうとした、その時の事でした。

 真ん中の御布団の小さな膨らみが、がさがさと動いて、中から顔を涙でぐしゃぐしゃにした数え三つ(2歳)の花子様がお顔を出されたのです。


「おかあたま、居ない。お兄たまも居ない。」

 太郎君たろうぎみのお顔を確認なさると、花子様はたまり兼ねたのか、大声でわああんと、火が着いた様に泣き始められました。


 そのご様子をご覧になったお優しい太郎君たろうぎみは、

「分かった、分かったからお泣きなさるな。どれ? お腹が空いた? それともお襁褓むつかな? 替えて上げようか?」

 こう仰って、御自身も七つでまだお小さく、泣きたいお気持ちになるのもぐっとこらえて、妹を懸命になだめようとなさいました。


「ちがう、ちがうの。お襁褓むつじゃないの! 花ちゃんはひとりでかわやで出来るもん!」


 こうむずかる花子様でしたが、流石に数え三つ(2歳)の花子様を、御一人で暗い中、お庭を抜けて土間どまの先にあるかわやまで行かせる事は無理であろう、そうお考えになった太郎君たろうぎみは、先ず横の御布団の中でいびきを掻いて寝ておられる御父君おちちぎみにお声を掛けられました。


「お父様、お父様! 花子がかわやに行きたがって居ます。どうしたら良いでしょう?」


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