其ノ十三 灯明皿

 太郎君たろうぎみがお父君ちちぎみに一生懸命お声掛けをなさっても、お父君ちちぎみは一向にお起きになる気配が御座いません。仕方が無いので、太郎君たろうぎみはお父君ちちぎみの御布団の上から、七つの小さなお体から出せる限りの力を出してお父君ちちぎみを揺さぶりましたが、

「ん? あ?」

 と寝ぼけて二言ほど呟いただけで、また寝返りをして大鼾おおいびきで寝込んでしまわれました。


 そうこうして居る間にも花子様の泣き声は鳴り止まず、太郎君たろうぎみはほとほと困り果ててしまわれました。

 ああ、これはもう私が花子をかわやに連れ出すしかないか、そう観念した太郎君たろうぎみは、

「花子、分かった、分かったから。私が今かわやに連れて行くから、どうか泣かないで。」


 太郎君たろうぎみは、こういう時にお母様が居てくれたらどんなに、と思う一方、普段お母様は寝ていらっしゃる時ですら、意識のどこかを常に我々子供達に向けて居て下さるからこそ、こうした状況になっても、直ぐに起き出して対処する事がお出来になるのだな、と感謝の気持ちを覚えたのでした。


「ほうら、花子。今灯りを用意するから、あと少しだけ待って居られるね。」


 太郎君たろうぎみは、普段安子様がされて居るやり方を見様見真似みようみまねで、行灯あんどんの方に行ってそれを静かに開けると、下の引き出しに入って居る手燭てしょくを取り出して手に取り、灯芯とうしんに火のともって居る行灯あんどん灯明皿とうみょうざらから、消えない様にそっと手燭てしょく蝋燭ろうそくの方に火を移されたので御座います。

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