其ノ九 新川

 三つの提灯ちょうちんが、三人のおなごのたわいないお喋りの声と共に、ゆっくりと進んで行きますと、漆喰しっくい海鼠壁なまこかべくらが立ち並ぶ倉庫街に入って参りました。


「ああ、この辺りまで来ると、ほんのり潮の香りがするねえ。」

 と、おりんさんが仰いました。


 暗闇で提灯ちょうちんの周り以外は良く見えないものの、言われてみれば確かに、海の匂いや、遠くからかすかに潮騒しおさいの音まで聞こえる様な気も致します。と申しますのは、ここ新川は、物資を運ぶ瀬取船せどりぶねを、石積みの岸に着けて蔵に運び込む為の運河なので御座います。東から順に、一ノ橋、二ノ橋、三ノ橋と橋が掛かっておりまして、その三ノ橋の近くに、おでん方様かたさまの御実家が営んでいらっしゃる津軽屋つがるやの西の蔵が御座います。


 白い漆喰しっくい総塗籠そうぬりごめの壁で作られ、屋根は黒の堅牢な瓦葺かわらぶきを施されたその蔵は、まるで巨大な仁王像におうぞうの様に、御三方おさんかたの前に立ちはだかっておりました。

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