其ノ八 皮袋

「安子さん、暗い中うおいでなすった。足元は大丈夫だったかい?」

 おりんさんがそう仰ると、常磐井ときわい様も笑顔でこうお続けになられます。

「安子様はここに越して来てまだ日も浅く、新川しんかわの西の蔵の場所なんてお分かりにならないでしょうと思ったから、ここでこうして待ち合わせという事にしましたよ。」


「お気遣い本当に有難う御座います。」

 安子様がお二人に丁寧に頭を下げてゆっくり上げようとした時、おりんさんが何かの皮袋かわぶくろを大事そうにお抱えになって居るのにお気づきになりました。

「あ、この袋は?」

 と安子様がお尋ねになると、おりんさんはこうお答えになります。


「ああ、これかい? これは、先日皆でって配って、集まって来た窺書うかがいしょ(アンケート)を、おでん方様かたさまの御指示で目安箱めやすばこから回収してきたのさ。大奥(PTA)最大の機密だ何だって言って、こんな丈夫で鍵の掛かった皮袋かわぶくろに入れるなんて、まア大袈裟なこった。」


 安子様はその皮袋かわぶくろ提灯ちょうちんの灯りで照らして良く見てみると、確かに艶のある黒い牛皮で出来た丈夫そうな大きな袋に、葵の御紋の付いた錠前じょうまえが、しっかりと中身をお守りしているのが見て取れました。


「御開票作業は広い西の蔵でやるとして、寺子屋の門が閉まってしまう前に、こうして私たちが目安箱めやすばこからこちらの袋に移しておいたのですよ。」

 常磐井ときわい様はこう仰いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る